2022-02-16

特別展「国宝 聖林寺十一面観音」レビュー@奈良国立博物館

特別展「国宝 聖林寺十一面観音」レビュー@奈良国立博物館

奈良国立博物館の特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」を拝見しました(2022年3月27日まで)。「日本彫刻の最高傑作」と呼ぶのに相応しい美しい仏さまを、ガラスケース無しで360度ぐるりと拝見できる、幸せ過ぎるほどの時間を過ごさせていただきました。


聖林寺の国宝仏を中心とした特別展

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-01

奈良国立博物館」(Twitter)で、特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」が開催中です(2022年2月5日~3月27日)。

主役となるのは、桜井市の古寺「聖林寺(しょうりんじ)TwitterInstagram)におわす、日本を代表する美仏「十一面観音菩薩立像」(国宝)です。こちらを中心に三輪山の信仰などをテーマとしており、展示数は31点と決して多くないものの、とても見ごたえのある内容でした。

※以下の記事がわかりやすくまとめられていますので、ぜひご覧ください。
【レビュー】「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」(奈良国立博物館) 日本彫刻の最高傑作をガラス展示ケース無しで拝観できる”最後”の機会 - 美術展ナビ

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-03
特別展の図録も購入しました。ハードカバーで、まるで写真集のような豪華版。解説文もわかりやすく、これから何度も読み返すことになると思います。


見どころなどたっぷり紹介します

私(※仏像好き)の感動ポイントを簡単にまとめると、この3点でしょうか。

【1】圧倒的な美しさ!美しい十一面観音さまを、ガラスケース無しで、360度 全方位から拝見できること
【2】大神神社の神宮寺「大御輪寺」(廃寺)に祀られていた仏さまたちが再会したこと
【3】和辻哲郎「古寺巡礼」の誤解を解く、聖林寺へ移された経緯がわかる書類「覚」が見られること


【1】圧倒的な美しさ!美しい十一面観音さまを、ガラスケース無しで、360度 全方位から拝見できること

この特別展は、コロナ禍での延期などもありながらも、まず東京国立博物館で開催され、その後、奈良国立博物館へ里帰りする形となりました。

両会場での最大の違いは、東博ではガラスケース内での展示だったそうですが、奈良博ではガラスケースはありません。ガラスの反射なども無く、直接拝見できることです!しかも距離が近い!美しい国宝の天平の仏さまと、これだけ至近距離で相対する機会は本当に貴重でしょう。

その美しさは、私などが今さら語るまでもありません。おだやかなお顔の表情はとても慈悲深く、流れるような体のラインの美しさは驚くほど。パンフレットにもあるように「日本彫刻の最高傑作」と呼ぶのに相応しい造形美です。

しかも、聖林寺さんに安置されているときには不可能だった、背後からのお姿も拝見できるんですからすごいです。今は外されている光背のほぞ穴があるのが確認できたりします。(※会場には光背の残欠も展示されています。想像をふくらませて、光背のある姿もイメージしてみましょう!)

また、十一面観音像の頭上には小さな観音さまのお顔が並びますが、その真後ろに位置し、大笑いした表情をする「暴悪大笑面」が失われていることに気づいたりもします。

会場では、できるだけ近づいてまじまじと観察したり、遠く離れてみて全体の美しさに見とれてみたり、お寺のお堂ではできなかったことをたっぷりと時間をかけて堪能させていただきました。

そして、あらためて、「8世紀(奈良時代)の乾漆像にしては、指先や天衣なども欠損もほとんどなく、金箔の剥落も少ない、最高の保存状態である」ということに感動しました。存在自体が奇跡ですね。


特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-04

図録より。その美しさにため息が出ます。会場で拝見した感動を、自宅でもう一度再現できるのがいいですね。流れるような手先や衣など細部に至るまでパーフェクトです!

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-05
頭頂の仏さまを解説したページなども。11面のうち、正面の1面、背後の2面が失われています。正面などはあえて空けてあるのかと思っていたほど違和感がありません。


【2】大神神社の神宮寺「大御輪寺」(廃寺)に祀られていた仏さまたちが再会したこと

聖林寺の十一面観音さまは、同じ桜井市の “日本最古の神社” とも称される「大神神社(おおみわじんじゃ)」の神宮寺であった「大御輪寺」(旧大神寺)に祀られていました。(※大御輪寺のお堂は、現在、大神神社の「大直禰子神社」の社殿となっています)

明治時代の神仏分離令の影響で大御輪寺は廃寺となり、ここに祀られていた仏さまは難を逃れるように他所へ遷されていきました。

・十一面観音菩薩立像 - 現在は聖林寺(桜井市)に安置
・地蔵菩薩立像 - 現在は法隆寺(斑鳩町)に安置
・日光・月光菩薩立像 - 現在は正暦寺(奈良市)に安置

今回の特別展では、その仏さまたちが再度同じ空間に集まったことから、「150年ぶりの同窓会」という言い方をされています!

かつての大御輪寺でどのように祀られていたのかを想像すると、微笑ましくもありますし、廃仏毀釈運動という狂気の沙汰への怒りがあらためて湧いてきたりもします。

個人的な好みも混ざりますが、現在は法隆寺・大宝蔵院に祀られている地蔵菩薩立像(国宝)は本当に素晴らしかったですね。一木造りで内ぐりなし。どっしりとした体躯で、平安初期らしい重厚さです。「元来は僧形の神像だったのでは」という説もあるのも頷けるような神秘的な風貌です。

奈良国立博物館・なら仏像館で展示されている、元興寺「薬師如来立像」(国宝)とは、同じ平安時代(9世紀)ごろの作となります。こちらもとても重厚で、仏さまのお姿からあふれんばかりの神性が感じられるお像ですので、あわせてご注目してみてください。

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-02
館内入ってすぐの垂れ幕にも、地蔵菩薩立像が大写しになっていました(※向かって右です)。神性あふれるお姿をぜひご覧ください!


【3】和辻哲郎「古寺巡礼」の誤解を解く、聖林寺へ移された経緯がわかる書類「覚」が見られること

大御輪寺に祀られていた十一面観音菩薩立像が、聖林寺へ遷された際のエピソードとして、「廃仏毀釈で観音さまが路傍に捨て置かれていた姿を見て、聖林寺の先代ご住職が哀れに思い、寺へ運んだ」という話が流布したことがありました(※事実とは異なります)。

この話の出どころは、哲学者・和辻哲郎さんの著作「古寺巡礼」です。大正7年(1918年)に奈良近辺の古寺を見て回ったときの印象を書き記したもので、現代まで読みつがれる名著として知られています。

もちろん、私も奈良や仏像に興味を持ち始めたころに読んでおり、百年前の奈良の古寺の様子に思いを馳せました。

その中で、聖林寺・十一面観音菩薩立像(※当時は奈良国立博物館に展示されており、数年後に寺へ戻ったとか)について触れています。和辻はここで「天平随一の名作」という賛辞を送る一方で、以下のように記しています。

しかしこの偉大な作品も五十年ほど前には路傍にころがしてあったという。これは人から伝え聞いた話で、どれほど確実であるかはわからないが、もとこの像は三輪山の神宮寺の本尊であって、明治維新の神仏分離の際に、古神道の権威におされて、路傍に放棄せられるという悲運に逢った。この放逐せられた偶像を自分の手に引き取ろうとする篤志家は、その界隈にはなかった。そこで幾日も幾日も、この気高い観音は、埃にまみれて雑草のなかに横たわっていた。ある日偶然に、聖林寺という小さい真宗寺の住職がそこを通りかかって、これはもったいない、誰も拾い手がないのなら拙僧がお守をいたそう、と言って自分の寺へ運んで行った、というのである。


そして時代は下って、文筆家・白洲正子さんも著書の中でこのお像について触れています。白洲さんが聖林寺を初めて訪れたのは、昭和7、8年のこと。当時は観音堂もまだ完成しておらず、御本尊のお地蔵さまの隣の部屋に、簡素な厨子で安置されていたとか。

白洲さんは当時のご住職とお話もされていて、こんな記述をしています。



十一面観音は、三輪神社の神宮寺に祀ってあったのを、明治の廃仏毀釈の際に、ここへ移されたと聞いている。住職は当時のことをよく覚えていられた。発見したのはフェノロサで、天平時代の名作が、神宮寺の縁の下に捨ててあったのを見て、先代の住職と相談の上、聖林寺へ移すことに決めたという。その時、住職はまだ小僧さんで(たしかまだ十二歳と聞いた)、荷車の後押しをし、聖林寺の坂道を登るのに骨が折れたと言われた。

白洲正子「十一面観音巡礼」文庫版(講談社)P9より

和辻さんが「どれほど確実であるかはわからない」と述べたことが、白洲さんになるとご住職がそう語られたという話になっています。これでますます話に信憑性が出てしまい、私をふくめた仏像好きにとっては耳馴染みのあるエピソードでしょう。

しかし、このエピソードは完全に事実と異なっています。

以前に読んだ「もうひとつの明日香」という元新聞記者さんのご著書の中では、先代のご住職が「白洲正子さんは文章はうまいけれど、時々いい加減なことを書くから困る」とおっしゃるなど、常々不満を口にしていらしたと紹介されていました。

今回の特別展にあたっても、現ご住職が「木心乾漆造りなので、一日でも雨ざらしになると、傷んでしまい、これほどのお姿では残っていないはずです。ですから、打ち捨てられた訳ではなく、大切にされ、残そうとしたから観音様は残ったのです」と語られています(「美術展ナビ」より)。まさにおっしゃるとおりでしょう。

和辻さんも白洲さんも、本当に罪深いことをしてくれたものだと思ってしまいます。

実際には「大御輪寺の住職が、廃寺になる前に兄弟子のいた聖林寺に預けた」というのが正しく、今回の特別展では、その経緯を記した「覚」が出展されています(※東博では展示なし。奈良博のみ)。

広く知れ渡ってしまった誤解を解く、確たる証拠ですね。貴重なものが拝見できて嬉しい限りでした!

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-06
こちらも図録より。「覚」の画像とその解説が掲載されています。奈良博のみの特別な展示ですから必見です!

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-07
こちらは、この特別展の会場やお寺で販売されている特別純米酒「聖人(せいじん)」(300ml・1,100円)です。桜井市内の西内酒造さんが醸したお酒で、パッケージやラベルが高貴ですね!大事に味わいたいと思います。



■奈良国立博物館

HP: http://www.narahaku.go.jp
Twitter: @narahaku_PR

住所: 奈良県奈良市登大路町50番地
電話: 050-5542-8600(ハローダイヤル)
アクセス: JR・近鉄「奈良駅」から、市内循環バス外回り(2番)「氷室神社・国立博物館」バス停下車すぐ(近鉄奈良駅から徒歩約15分)


●特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」

HP: https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/
会期: 2022年2月5日(土)~3月27日(日)
休館日: 2月7日(月)・21日(月)・28日(月)・3月22日(火)
開館時間: 9:30~18:00(※土は19:00まで)
観覧料: 一般 1,400円、高大生 1,000円、小中生 500円(※前売券は各200円引き)

※実際に拝観したのは「2022年2月9日」でした。


■参考にさせていただきました
【レビュー】「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」(奈良国立博物館) 日本彫刻の最高傑作をガラス展示ケース無しで拝観できる”最後”の機会 - 美術展ナビ


クラウドファンディング開催中です!

なお、聖林寺さんでは、十一面観音さまをお祀りする「観音堂」の免震・耐震化工事を予定しています。その工事総額は1.6億円にも及ぶため、ネットを活用した「クラウドファンディング」によって支援を呼びかけています。

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-09
▲ぜひ「【最終章】奈良・聖林寺|国宝十一面観音、観音堂改修にご支援を(聖林寺 2022/02/02 公開) - クラウドファンディング READYFOR」のページをご覧ください。


また、これを支援するイベントなども企画されています。

直近では、令和の大修理プロジェクトに取り組む聖林寺さんを、アートの力で応援したいと全国から参加してくださったアーティストたちの作品を展示・即売する「チャリティーアート展 聖林寺十一面観音さまへ愛をこめて」が開催されます(2022年3月5日・6日)

作品購入は先着順となり、売上はすべて聖林寺観音堂修復のために使用されます。

会場では、聖林寺・倉本ご住職の法話が両日とも行われ、観音堂完成図や工事の様子を紹介するコーナー、聖林寺オリジナルグッズ販売コーナーなども設けられますのでぜひ!

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」-10

■チャリティーアート展 聖林寺十一面観音さまへ愛をこめて

●日時:2022年3月5日(土)13:00~18:00、6日(日)10:00~15:00
●会場:ギャラリー天平ならまち(ホテル天平ならまち内 奈良市樽井町1-1)
●入場料など:無料
●参加アーティスト:absolute_spirit、大森綾観、Oka Yuka、小林優太、SAI、太画子、TAKAKO、Tadayoshi Numasawa、にじのまりあ、古市亜里、星野麗、山本貴之、Lily
※聖林寺・倉本ご住職の法話は、両日とも13:30~14:00(無料)






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