2014-02-25

箸墓古墳と同時期の『ヒエ塚古墳』発掘調査現場@天理市

箸墓古墳と同時期の『ヒエ塚古墳』発掘調査現場@天理市

天理市南部の大和古墳群に属する『ヒエ塚古墳』。先日の調査で、古墳の表面を覆った葺石と、古墳を囲む周濠の遺構などが発見されました。埴輪も見つからないことから、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓という説もある「箸墓古墳」などと同時期(3世紀半ば~4世紀初め)に築造されたものと考えられるようです。現場へ行って発掘現場などを遠目に見学してきましたが、そんなに古いものだと思ってみてみると迫力がありますね!


初期大和政権の古墳が集中するエリアです

初期大和政権の中心地とされ、古い時代の古墳が集中する、天理市南部の「大和(おおやまと)古墳群」(Wikipedia)。西殿塚古墳(手白香皇女陵)・東殿塚古墳・中山大塚古墳など、100mを超える大規模な前方後円墳が集まっているエリアです。

その南側には、行燈山古墳(崇神天皇陵)・渋谷向山古墳(景行天皇陵)の「柳本古墳群」が、さらに南には、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓という説もある「箸墓古墳」(Wikipedia)・ホケノ山古墳などが含まれる「纒向(まきむく)古墳群」があり、古墳時代の日本の中心地だった場所です。

先日、大和古墳群に属する、天理市萱生町(かようちょう)の『ヒエ塚古墳』で大きな発見があり、箸墓古墳と同じくらい古い時代のものだと話題になりました。


 天理市教育委員会は24日、大和古墳群にある前方後円墳「ヒエ塚古墳」(同市萱生町)の南側で周濠(しゅうごう)とみられる落ち込み遺構を初めて確認したと発表した。ただ、想定よりかなり小規模で、担当者は「古墳の規模に比べて非常に狭い。想定とは違うものが出た」と話している。(中略)

 古墳の築造時期については、周濠状の遺構から埴輪(はにわ)が出土しなかったことから、埴輪が普及する以前の古墳時代前期前半(3世紀後半~4世紀始め)である可能性が強まり、過去の調査結果を補強する形となった。

【朝日新聞デジタル】奈良)葺石など出土 天理市のヒエ塚古墳
【47NEWS】初期大和政権の有力者の墓か 奈良・ヒエ塚古墳に葺石


・ヒエ塚古墳は、全長約130mの前方後円墳。1977年に県立橿原考古学研究所が調査済。国の史跡指定を受け、範囲確認のために天理市教委が発掘調査をしていた

・後円部の南側から、古墳の表面を覆った「葺石」とみられる10~20cmほどの自然石が多数出土。すぐ南側からは幅4.1mの溝跡があり、古墳の周りを囲む「周濠」の遺構と判断できた

・周濠状の遺構から「埴輪」が出土しなかったことから、埴輪が普及する以前、古墳時代前期前半(3世紀半ば~4世紀初め)に築造された、箸墓古墳などと同時期の古いものである可能性が強まった

大雑把にまとめるとこのような内容になります。

箸墓古墳は全長280mですから、その規模には及ばないものの、日本最古クラスの約130mの巨大な前方後円墳です。「初期国家形成に関わった大和政権の有力者が埋葬された墓と考えられる」という見解が発表されるのも当然で、一気にヒエ塚古墳への注目が集まりました。

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-01
やや離れた位置にあった「大和(おおやまと)古墳群」の説明。これを手がかりに探しました。天理市萱生町と中山町の一帯の古墳群で、丘陵上の前方後円墳のみで構成される「中山支群」と、扇状地の穏やかな斜面に点在し、前方後方墳や円墳なども含まれる「萱生支群」に分類されます。同じエリアの西殿塚古墳・東殿塚古墳からは埴輪が見つかっており、ヒエ塚古墳よりも新しいものとなるようです

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-02
大和古墳群のマップ。これだけの古墳が密集しています。小さな丘にしか見えないものも多いですし、すでに開発で失われてしまったものもあったかもしれません


ノムギ古墳の向かい。道路で分断されています

そんな注目の場所ですから、ぜひ拝見したいと現地へ向かったのですが、このヒエ塚古墳に関する情報はネットではほとんど見当たらず、天理市の古墳ガイドにも掲載されていません。

報道にあった「天理市萱生町(かようちょう)」という住所だけを頼りに探してみたところ、国道169号線を北上し、「大和神社前」交差点(角にローソンがあります)を県道51号線へ右折。500mくらい進んだ右手にありました。

この辺りの道路はよく通っていますから、道の両脇に古墳らしきものがある(西側がノムギ古墳、東側がヒエ塚古墳)のは知っていましたが、目立たない場所に案内板があるだけですので、これはなかなか気づきませんね。だいぶ道に迷いました。


ヒエ塚古墳は、墳丘の全長が130mの規模を誇る前方後円墳である。埋葬施設は未調査だが、『山辺郡誌』によると、明治年間に勾玉・管玉・金環・土器などが出土したという。墳丘北側の周濠の外堤部が、道路拡張に伴い調査され、外堤を分断する溝の中から大量の古式土師器が出土した。古墳の墳形・規模は、同じ大和古墳群にある中山大塚古墳に類似し、古墳時代前期前半に築造されたものと推定される。

案内看板より抜粋


以前から、初期の前方後円墳と判明していた中山大塚古墳や箸墓古墳と形が似ていることは指摘されていたようです。

現在のヒエ塚古墳は、周りは畑ばかりですし、ビニールハウスや作業小屋のようなものがあったりと、とても歴史ある古墳として大事に扱われていた様子はありません。周りに新しい道路が作られ、墳丘上は柿が植えられています。国の史跡として指定されたことをきっかけに、この姿も変わっていくことでしょう。


『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-04

ようやく見つけた「ヒエ塚古墳」(とノムギ古墳)。説明書きには、この2基の古墳が大和古墳群の最北端にあり、東西に並んでいること。ヒエ塚古墳は全長130mの前方後円墳、ノムギ古墳は全長約60mの前方後方墳であることなどが説明されています。

ちなみに、ノムギ古墳の説明も合わせて引用しておきます。「ノムギ古墳は、墳丘の全長が約60mの規模を誇る前方後方墳である。埋葬施設は未調査だが、『山辺郡誌』によると、明治年間に勾玉・管玉が出土したという。道路建設に伴い周濠が発掘され、大量の古式土師器や鰭付円筒埴輪、須恵器などが出土した。ヒエ塚古墳と同時期、もしくはやや降る築造年代が推定される。なお、遺構は道路の下に保存されている。」

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-05
2つの古墳の間に新たな県道が通っています。ヒエ塚古墳も、前方部と後円部の間に細い道路が通されてしまっています

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-06
県道側からヒエ塚古墳を眺めたところ。墳丘はそれほど高くないので、この辺りではよく見かける小さな丘(でも実は古墳)ですね。そんなに古いものだとはまったく知りませんでした

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-07
真横から見たところ。中央を細い道路が分断してしまっています。向かって右手が県道側にある前方部、左手が後円部です

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-08
後円部はすっかり石垣に覆われていて、全体に柿が植えてあります。この辺りは「柿の木のオーナー制度」があるほどの一大産地で、北東側にはちょっと驚くほど広大な柿の果樹園が広がっています

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-15
別角度から。風景に溶け込んでいますね


1700年前の石に溝?試掘溝が見られました!

そんなヒエ塚古墳の南側、前方部と後円部のちょうど間くらいに新発見があった現場があります。この日は作業時間中にふらりと行ってみただけですから、もちろん中に立ち入ることは出来ないものの、道路よりも低い位置にあるため、作業状況をはっきりと見て取れました。

報道された内容によると、試掘溝は「南北約29m、幅約2m、深さ約1.5m」。葺石をした墳丘の裾から、基壇状の傾斜があり、さらに周濠状の落ち込みが確認されたそうです。

素人目には詳しくは分かりませんでしたが、発掘現場に無造作にごろごろと転がっている石たちも、今から1700年も前に古墳の表面に置かれたもかもしれませんから、見ているだけでテンションが上りますね!


『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-09

ヒエ塚古墳の墳丘を、南側やや離れた位置から見たところ。柵の向こう側が今回の調査現場です

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-10
別アングルから。周りは畑とビニールハウスですね

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-11
発掘現場。道路のすぐ脇ですから、少し高い位置から見下ろせます。なお、現場では作業をなさっていますので、決して邪魔になったりしないようにお気をつけください。また駐車場などもありませんので、公共交通機関を利用しましょう

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-12
試掘溝の様子。わずかこれだけ掘っただけで色んなことが分かるんですね

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-13
試掘溝の中。手前の約1mが基壇状になった墳丘の裾部で、それを含む4.1mが落ち込んだ周濠らしき溝になるとか。土の中に石の層が見えたり、下に20cm以下くらいの小石がごろごろしていますが、これも葺石に使われたものでしょうか?

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-14
アップで。畑の下にこんなものが眠っていたんですね


3月2日13時半~「現地説明会」が行われます

ヒエ塚古墳の発掘の成果を発表する「現地説明会」は、「2014年3月2日13時半~15時半」に行われます。興味のある方は参加してみるといいでしょう。

この日は、梅が咲き始めていたり、少し離れた場所にある菜の花畑では、黄色い花が満開に近いくらい咲いていました。山の辺の道を散策するにもいい季節ですので、のんびりとお越しください!


『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-17

すぐ近くには小さな梅の畑もありました。もうすぐ見頃を迎えそうですね

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-18
やや距離がありますが、北東側には大きな菜の花畑が。山の辺の道沿いには菜の花がたくさん植わっています

『ヒエ塚古墳』調査現場@天理市-19
三角縁神獣鏡をデザインしたマンホールの蓋。これはおそらく、ヒエ塚古墳のある天理市萱生町の、しかも山の辺の道沿いでしか観られないデザインだと思います(天理市のものはもっとシンプルで事務的です)。珍しいものですから、ぜひ探してみてください!



■ヒエ塚古墳

所在: 奈良県天理市萱生町(かようちょう)
アクセス: JR万葉まほろば線(桜井線)「長柄駅」より徒歩15分ほど

※現地説明会は「2014年3月2日13時半~15時半」。問い合わせ先は「0743-65-5720」(市教委文化財課)です


■参考にさせていただきました

【奈良新聞WEB】「周濠、小さかった - 予想30メートル、実際は4メートル/天理・ヒエ塚古墳」より
【朝日新聞デジタル】奈良)葺石など出土 天理市のヒエ塚古墳
【47NEWS】初期大和政権の有力者の墓か 奈良・ヒエ塚古墳に葺石










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