布団に入った寝仏のお寺『穴太寺』@京都府亀岡市
西国三十三所の秘仏ご開帳巡りのため、京都府亀岡市にある第21番札所『穴太寺』へ行ってきました。
丹波の国の古刹として知られたお寺ですが、今はかなり規模が小さくなっています。元のご本尊が盗難にあったまま行方不明だったり、珍しい「寝仏(涅槃仏)」がいらっしゃったりと、ちょっと変わったお寺でした。
「身代わり観音」の元になったお寺です
京都府亀岡市にある『穴太寺(あなおじ)』は(山号:菩提山)、西国三十三所巡礼の第二十一番札所となっています。
京都府亀岡市は、京都に隣接していながら、丹波の国に属した土地で(京都は山城の国)、丹波の国の最南端ながら国府が置かれる中核都市でした。穴太寺の創建は705年のこと。文武天皇の勅願によって、大伴旅人の甥・大伴古麿が薬師如来を本尊として開いたとされ、この一帯随一の古刹です。
穴太寺のご本尊は聖観音像ですが、そのエピソードは「今昔物語集」にも載っています。
962年、丹波国郡司・宇治宮成という人物が、信仰の篤い京の仏師・感世に依頼しました。感世はおよそ3ヶ月かけて像を完成させ、郡司の元に届けたところ、その素晴しい出来ばえに大いに喜び、お礼の品として自身が所有していた名馬を与えたのです。しかし、感世が馬に乗って戻るいくと、郡司は急に馬が惜しくなり、下男に命じて感世を弓で射殺し、馬を奪い返してしまったのです。
その後、様子を見るために京へ使いを送ってみると、死んだはずの感世は生きており、取り戻したはずの馬もそこにいたのです。驚いて感世が彫った観音様に懺悔しようとすると、観音像の胸には矢が刺さって鮮血を流していました。郡司と下男は自らの行為を深く悔い、仏門へ入ったそうです。
・・・という説話から、穴太寺の観音像は「身代わり観音」として篤く信仰されました。また、全国に数多い「身代わり観音話」の元になったエピソードだとされています。
しかし、この感世作とされる像高110.0cmの「聖観音立像(重文)」は、1968年に盗難にあってしまい、未だに発見されていません。その代わりとして、現在は、昭和の名工として知られる「佐川定慶」氏の作の像を秘仏として祀っています。
建築物はほぼ江戸中期の再建です
穴太寺は、705年創建と伝わる古刹ですが、現在の建築物などはほとんどが江戸中期頃に再建されたものとなります。交通量の多めの細い通りに面した「仁王門」も同様で、それほど華やかなものではありません。
京都府亀岡市にある『穴太寺』。「仁王門」は江戸中期に再建されたもの。門の前はT字路になっていて、かなり遠目にも仁王門が見えます。交通量も多めなので通行にはご注意を!
穴太寺の阿形像。こちらも江戸時代のものでしょうか。表現が簡略化されていて、かなり漫画チックです!
穴太寺の吽形像。胸の表現もすごいですが、肩は何かプロテクターをはめているような表現です
千社札が目立つシンプルな本堂
仁王門をくぐると、すぐに「本堂」があります。門からの距離は数十メートル程度ですし、境内もそれほど広いものではありません。
本堂の造り自体も、かなりシンプルで簡素なタイプのものですが、高い位置までビッシリと貼られた千社札の数が目を惹きます。また、後から入れられたであろう、ちょっとハイカラなデザインの引き戸が美しかったですね。本堂の外から見てもいいですが、内部から見ると、よりモダンな雰囲気が感じられました。
穴太寺の本堂前。左手には「多宝塔」「庫裏」「庭園」などがありますが、あとは小さなお堂がいくつかあるくらいで、それほど大きな規模ではありません。お庭まで拝見しても、30分ほどあれば周れるでしょう
穴太寺の「本堂」は、火災で焼失してしまったものを1735年に再建したもの。簡素で力強いタイプのお堂です
線香台と扁額。千社札が多いのも信仰を集めている証拠でしょうか
この日は特別御開帳ですので、ご本尊とご縁を結ぶための紐が3本出ていました
穴太寺の本堂の軒部分。華やかな装飾がほとんど無い、かなりシンプルな造りでした
本堂で唯一華やかな印象があるのが、このガラスが入った引き戸です。外から見てもいいデザインだと思いますが、お堂の中から見てみると、さらにいい雰囲気でした!
布団をめくって「涅槃仏」を撫でます
本堂の拝観などの受付は、隣接する「本坊書院」で行い、そこから渡り廊下を通って本堂へと入ります。
この日は、秘仏のご本尊「聖観音立像」がご開帳されていましたが、残念ながら本堂は全体的に薄暗く、また厨子までに距離があるため、細かいところはよく見えませんでした・・・。もちろん、盗難にあってしまった重要文化財に指定されていたものではなく、新しく作り直されたものですから、金色に輝いているのは分かるのですが、ちょっと残念です。
また、お堂の奥手のさらに薄暗い一角には、鎌倉時代作の「寝仏(涅槃仏)」がいらっしゃいます。あまりの暗さに戸惑いながら近づいてみると、センサー式でスポットライトが点く仕組みになっていました!
こちらの涅槃仏は、上に布団をかけられた、かなり珍しいタイプのもの!お寺の関係者の方が、「布団をめくって、体の悪いところを撫でてください」とおっしゃっていたので、一般的な撫で仏に多い「賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ。おびんずるさん)」と同じ役割になるようです。
私たちも(失礼ながら)布団をめくって、あちらこちらを撫でさせていただきましたが、全身がツヤツヤで、たくさんの方から撫でられているのが伝わってくるようでした。残念ながら、足先の一部が欠けてしまっていましたが、布団も真新しいものが掛けられていましたし、大切に愛されていることがよく分かる仏様でした!
本堂などの拝観受付は、脇にある「本坊書院」から行います。本堂の拝観料は300円ですが、穴太寺には小さめながら美しい庭園があり、本堂とセットで500円で拝見できます
庫裏から本堂まで伸びる渡り廊下。風情がありますね!本堂には、秘仏「聖観音立像」や、珍しい布団をかけられた涅槃仏(横たわっている仏様)がいらっしゃいます
多宝塔を景色に取り込んだ美しい庭園
穴太寺の「本坊書院」には、多宝塔を景色に取り込んだ池泉築山式の庭園があります。こちらもそれほど広くはありませんが、江戸時代中期の作で、京都府指定文化財名勝に指定されているそうです。
池越しに多宝塔が見える様子はなかなか見事。この日はあまり時間が無かったため長居できませんでしたが、ぼんやりと軒先に座って眺めていたら気持ち良さそうなお庭でした。
穴太寺の本坊書院の中はこんな雰囲気です。実際には、写真に写っているソファーもやや傷みが目立ったりしていましたが、静かで落ち着いた空間でした
穴太寺の「庭園」。 それほど広くありませんが、赤い絨毯が敷いてあると、それだけでちょっと上質な雰囲気になりますね
庭園からは「多宝塔」が見えます。こんな風景はなかなか他では味わえませんね。庭園は、江戸時代中期の作で、京都府指定文化財名勝となっています。手入れに行き届いた美しいお庭でした
多宝塔が見える庭園の隣には、小さ目の裏庭もあります。こちらもなかなか見事でした!
本坊書院の中の一室。華やかな襖絵が見られました。敷いてある絨毯がかなり年季の入ったものでイマイチかも・・・
静かでのんびりとしたお寺でした
穴太寺の境内はそれほど広くはありませんので、他の建物を見て周ってもそれほど時間は掛からないでしょう。京都市内の大きな観光寺院と比べたりすると、やや物足りない感はあるかもしれませんが、その分だけ、静かにのんびりとした雰囲気が楽しめると思います。
穴太寺境内にある小さなお堂(念仏堂?)と、優雅な姿の「多宝塔」が並んでいます
穴太寺の「多宝塔」。1804年に再建されたもので、京都府指定文化財となっています。それほど大きなものではありませんが、穏やかな印象の美しい塔です。庭園側から見える姿も見事でした
仁王門を入ってすぐのところにある「鐘楼」、こちらも京都府登録文化財です
穴太寺の手水舎。龍の口から水が出る、いたってシンプルなタイプでした
■穴太寺(菩提山)
HP: http://www.saikoku33.gr.jp/21/
住所: 京都府亀岡市曽我部町穴太東辻46
電話: 0771-22-0605
宗派: 天台宗
本尊: 薬師如来
創建: 705年(伝)
開基: 大伴古麻呂(伝)
拝観料: 境内自由、本堂・庭園 各300円(セットは500円)
拝観時間: 8:00-17:00
駐車場: 有料駐車場あり(400円)
アクセス: JR「亀岡駅」下車、京阪京都交通バス穴太寺行き「穴太口」下車、徒歩10分
※西国三十三所の第21番札所