2019-03-11

被葬者は物部氏の有力者?上部が削られた『塚穴山古墳』@天理市

被葬者は物部氏の有力者?上部が削られた『塚穴山古墳』@天理市

天理高校の敷地内にある『塚穴山古墳』は、墳丘上部と石室の天井石が失われ、石室がむき出しになった姿をしています。かつては外径112mもあった巨大円墳で、その規模は明日香村・石舞台古墳に匹敵するほど。被葬者は物部氏の有力者だった可能性も考えられます。隣接する「西山古墳」とあわせて巡ってみてください!


西山古墳に隣接する終末期の巨大円墳

天理市匂田町にある『塚穴山古墳』は、もともとは巨大円墳でしたが、現在は墳丘の上部と石室の天井石が失われ、石室がむき出しになった姿をしています。

こちらは天理高校の敷地内にあり、同じ日に訪れたすぐお隣の『西山古墳』は天理大学の敷地内となります(※いずれも見学の際には許可が必要です)。


この2つの古墳、とても特徴的で面白く、実際に目で見て、体感して欲しいスポットです。

●「西山古墳」は、古墳時代前期(4世紀中ごろ)に築造された、全国最大規模の「前方後方墳」(全長183m)。“前方後方墳の上に前方後円墳が乗っている”ような特殊な形になっている。

●「塚穴山古墳」は、古墳時代の終末期(6世紀末~7世紀初頭ごろ)の築造。当時は周濠を伴う外径112mもの大円墳だった。つまり、先にあった西山古墳の一部を墳丘に取り込んでいたことに。

●塚穴山古墳の石室は、全長17m。蘇我氏の拠点に築かれた「石舞台古墳」(全長19m)に匹敵する。天理市一帯は、蘇我氏と並ぶ有力豪族だった物部氏が本拠地としていた。被葬者は不明だが、相当な実力者が葬られた可能性も。


塚穴山古墳@天理市-01

西山古墳のすぐお隣、天理高校の敷地内にある円墳『塚穴山古墳』。墳丘の規模は63.4mで、このように墳丘の上半分がすぱっと切り取られたような形になっています

塚穴山古墳@天理市-02
人が立つとこのサイズ。奥に見える横穴式石室へと続く部分(羨道)が、今なお通り道のように残されています

塚穴山古墳@天理市-03
古墳のすぐ右手(東側)は、天理高校のアーチェリー部が活動しています。見学の際には天理高校の許可が必要です(※クラブ活動の時間は避けましょう)


石室の雰囲気は「石舞台古墳」のよう!

塚穴山古墳@天理市-04
あらためて玄室へと続く通り道から、石室部分へ近づいてみます。「探検が始まる!」という感じがたまらないですね!(人さまのお墓ですが)

塚穴山古墳@天理市-05
石室は全長17mもあります。石舞台古墳と雰囲気が似ています

塚穴山古墳@天理市-06
使われている石も巨大です。石室の天井を覆っていた石は取り除かれてしまっていますが、おそらく相当な大きさのものが使用されていたことでしょう。思わず撫で回したくなりますね(笑)

塚穴山古墳@天理市-07
石室の奥からの眺め。石棺はここにあって、天井はこのくらいの高さで……など、かつての姿に思いを馳せることができます


石室を上から観察することもできます

塚穴山古墳@天理市-08
石室を上から眺めたところ。天井石がないだけに“不思議な石造物”という感が強くなります

塚穴山古墳@天理市-09
石室の奥側から

塚穴山古墳@天理市-10
古代のお墓のお隣には、現代のお墓(善福寺さんの墓地)が。古からの葬送の地であり、そのすぐ隣には大きな校舎が建って学生さんが学んでいたり、天理教の本部からも近かったり。不思議な気分が味わえます。ぜひ!



■塚穴山古墳

HP: http://www.city.tenri.nara.jp/kakuka/kyouikuiinkai/bunkazaika/kohun/1445321710179.html
住所: 奈良県天理市匂田町
形状: 円墳
規模: 径63.4m
築造時代: 6世紀末~7世紀初頭ごろ
埋葬施設: 横穴式石室
アクセス: 天理駅から徒歩約30分(天理大学の事務室からは徒歩10分ほど)

※塚穴山古墳は、天理高校の敷地になります。墳丘に立ち入る際には必ず一声かけましょう。
※実際に現地へ行ったのは「2018年2月18日」でした。


■参考にさせていただきました

塚穴山古墳(つかあなやま) 大和の古墳探索/ウェブリブログ
塚穴山古墳 奈良県天理市勾田町 - 墳丘からの眺め


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