2012-10-28

怨霊となった藤原広嗣公を祀る『鏡神社』@奈良市高畑

怨霊となった藤原広嗣公を祀る『鏡神社』@奈良市高畑

奈良市高畑町の「新薬師寺」隣の小さなお社『鏡神社』へお参りしてきました。江戸時代に春日大社から移された美しい本殿があり、そこに祀られているのは、反乱の首謀者として処刑され、後に祟り神として恐れられた「藤原広嗣」です。


藤原広嗣の乱の後、祟り神とされました

奈良市高畑町にある『鏡神社』は、天平時代の十二神将像で有名な「新薬師寺」の隣にたつ小さなお社です。小さな拝殿と、江戸時代に春日大社から移されたという本殿があるくらいで、見過ごされてしまうことが多いのですが、他の神社とは少し違った神様をお祀りしている神社です。

鏡神社に祀られているのは、天平時代に反乱の首謀者として処刑された「藤原広嗣(ふじわらひろつぐ)」です。


聖武天皇の時代に朝廷において圧倒的な権力を誇っていた藤原四兄弟が相次いで亡くなった天平9年(737年)の9月28日に従六位上から従五位下に昇叙される。天平10年(738年)4月22日、大養徳(大和)守を兼任する。なお、叙爵以降に式部少輔に任官されている。朝廷内で反藤原氏勢力が台頭した背景のもと、親族への誹謗を理由に同年12月4日に大宰少弐に左遷される。

広嗣は左遷を不服とし、天地による災厄の元凶は反藤原勢力の要である右衛士督・吉備真備と僧正・玄昉に起因するとの上奏文を朝廷に送るが、時の権力者左大臣・橘諸兄はこれを謀反と受け取った。真備と玄昉の起用を進めたのは諸兄であり、疫病により被害を受けた民心安定策を批判するなど、その内実は諸兄その人への批判であることは明白であった。聖武天皇はこれに対して広嗣の召喚の詔勅を出す。

広嗣は勅に従わず、天平12年(740年)弟・綱手とともに大宰府の手勢や隼人などを加えた1万余の兵力を率いて反乱を起こした。しかし大野東人を大将軍とする追討軍に敗走し、最後は肥前国松浦郡で捕らえられ、同国唐津にて処刑された(藤原広嗣の乱)。これによって多くの式家関係者が処分を受け、奈良時代末期には一時的には政治の実権を握るものの、後世における式家の不振を招く要因の一つになった。


時の権力者・吉備真備や玄昉(Wikipedia)らに対して起こした反乱は、約2ヶ月で鎮圧。肥前の国・唐津で処刑されました。その後、玄昉は失脚し、745年に筑紫観世音寺別当へと左遷、翌年に没しました。

玄昉の死にともない、「玄昉は藤原広嗣の祟りで殺されたのだ」という風評が広がります。後の時代には、玄昉の頭が奈良市高畑町まで飛んできて、それが「史跡頭塔」(紹介記事)になったというような逸話も作られるほどでした。

藤原広嗣は、亡くなった唐津の鏡神社に葬られましたが、かって邸宅があった現在の土地へ勧請され、奈良の鏡神社となったようです。

亡くなった人間が祟り神として扱われるケースは、菅原道真・井上内親王・吉備内親王・早良親王などが見られますが、その最も早い例になるのだとか。天平時代の人々がいかに怨霊を恐れたのかが分かるエピソードですね。


鏡神社@奈良市高畑-01

奈良市高畑町の『南都鏡神社』の鳥居。奥に見える拝殿と、その後ろの本殿のみの小さなお社です。反乱の首謀者として非業の死を遂げた「藤原広嗣」を祀っています

鏡神社@奈良市高畑-02
鏡神社に隣接して、名刹『新薬師寺』があります。新薬師寺の鎮守神として勧請されたとか。新薬師寺の素敵なお薬師さまと十二神将像にお参りした際には、お隣の神社もお忘れなく


春日大社の旧本殿を移築した「春日移し」

鏡神社の本殿は、1746年に春日大社の第三殿を移築した、いわゆる「春日移し」で、奈良市指定文化財となっています。


奈良市指定文化財 鏡神社 本殿 一棟

この神社の本殿は、春日移しの社であります。春日大社古記録によると、延享三年(1746年)春日大社が第四十六次式年遷宮による御造営のとき旧本殿のうち第三殿を譲渡した、とある。
昭和三十四年の修理のときに屋根裏から『三ノ御殿』と墨書銘が二ヶ所から発見された。
遺跡当時に近い形状を現在でも残していて価値が高い。

説明看板より


やや見づらいですが、本殿はとても美しい状態が保たれていることは見て取れます。春日大社の社紋である「下り藤」なども見えました。
ここに移築される前は、

もとは春日大社の第三殿だったのですから、祀られていたのは藤原氏の祖神「天児屋根命」です。それが江戸時代になってから、反乱の首謀者として藤原家の覇権を停滞させた藤原広嗣を祀るようになるのですから、色んな因縁が感じられて面白いですね。ぜひあれこれと妄想を広げてみてください!


鏡神社@奈良市高畑-03

鏡神社の本殿は、春日大社の旧本殿を移築した、いわゆる「春日移し」と呼ばれるものです。奈良市指定文化財となっています。第三殿ですから、藤原氏の祖神である「天児屋根命」が祀られていた建物です。それが後に藤原広嗣を祀るようになるのですから、面白いものですね

鏡神社@奈良市高畑-04
右手が拝殿で、そのすぐ後ろに春日移しの一間社春日造りの本殿があります。境内地が狭いため、残念ながらあまり全体は見えませんが、とても美しい状態なのはよく分かります

鏡神社@奈良市高畑-05
本殿のアップ。藤原氏の紋であり、春日大社の社紋である「下り藤」が見えます。春日大社から移築された当時のものでしょう

鏡神社@奈良市高畑-06
鏡神社の狛犬(吽形)。足元に子獅子がいるタイプですね

鏡神社@奈良市高畑-07
鏡神社の狛犬(阿形)。前足で玉を抑えています



大きな地図で見る


■鏡神社(南都鏡神社)

住所: 奈良県奈良市高畑町468
祭神: 藤原広嗣
創建: 806年(伝)
拝観料: 境内無料
アクセス:市内循環バス「新薬師寺道口(破石)」下車 徒歩10分。または、JR奈良駅・近鉄奈良駅からタクシーで10分

※実際にお参りしたのは「2012年10月16日」でした


■参考にさせていただきました!

鏡神社
奈良の神社話その二 怨霊の元祖!? 藤原広嗣公──奈良市・鏡神社 - リアルライブ


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