2011-08-28

志貴皇子=『春日宮天皇陵(田原西陵)』@奈良市田原

志貴皇子=『春日宮天皇陵(田原西陵)』@奈良市田原

奈良市の田原地区にある『春日宮天皇陵(田原西陵)』へお詣りしました。聞きなれない名前ですが、これは万葉歌人として有名な「志貴皇子(しきのみこ)」のお墓です。政治的な活動よりも歌人として有名な方ですが、別名「田原天皇」と称される一面もあったのです!


清々しい自然描写に優れた万葉歌人

奈良市田原地区にある『春日宮天皇陵(田原西陵)』。歴代の天皇の系譜を見ても、「春日天皇」という方は見当たりませんが、この方は万葉歌人として有名な「志貴皇子(しこのみこ)」のことです。

天智天皇の第7皇子ですが、壬申の乱の影響もあって主流は天武天皇系に移っており、生前は皇位継承とは無縁なポジションにいました。しかし、亡くなって半世紀も過ぎた後、第6子・白壁王が、第49代天皇「光仁天皇」となったため、亡き父に天皇号を贈り、春日宮天皇、または田原天皇と称されるようになったのです。



壬申の乱により、皇統が天武天皇の系統に移ったために、天智天皇系皇族であった彼は皇位継承とは全く無縁だった。政治よりも和歌等文化の道に生きた人生だったが、薨去から50年以上後の宝亀元年(770年)に、聖武天皇の娘井上内親王を后とし、母系では天武系となる他戸王を儲けていた六男の白壁王が、皇嗣に擁立され即位した(光仁天皇)ため、春日宮御宇天皇の追尊を受けた。かくして皇位に一切執着せず清らかな人生を終えた彼の系統が現在まで長く続く事となった。御陵所の「田原西陵」(奈良市矢田原町)にちなんで田原天皇とも称される。


政治的な功績は語られていませんが、志貴皇子の歌は万葉集に6首収められていて、いずれも自然描写に優れた清々しい歌として知られています。代表的な2首をご紹介しておきます。

釆女(うねめ)の 袖吹きかへす 明日香風
都を遠(とほ)み いたづらに吹く
志貴皇子 万葉集 巻第1-51
采女の袖をあでやかに吹きかえす明日香風、その風も、都が遠のいて今はただ空しく吹いている

「明日香風(あすかかぜ)」という言葉が印象的な歌ですね。

飛鳥から藤原京に遷都した後、すっかり寂れてしまった飛鳥。その様子を見て、宮廷に召された、容姿端麗で華やかな天平衣装姿の采女(うねめ)がいた、華やかな当時の様子を懐かしんでいます。万葉歌では「故郷=飛鳥」の意味を持つほど、現在の明日香村一帯は、万葉人たちの心の故郷でした。実際には、飛鳥と藤原京はほんの数キロしか離れていませんが、昔の遷都では建物の大部分を移築したため、旧都の寂しさは際立っていたのでしょう。

石走(いはばし)る 垂水(たるみ)の上の さわらびの
萌え出づる春に なりにけるかも
志貴皇子 万葉集 巻第8-1418
岩にぶつかって水しぶきをあげる滝のほとりのさわらびが、むくむくと芽を出す春になったのだなぁ

万葉集の8巻目の冒頭を飾る歌。巻8と巻10は、雑歌・相聞を春夏秋冬に分けて掲載しており、春の雑歌のトップに、「志貴皇子のよろこびの御歌一首」として掲載されています。「さわらび」とは、早春に出る蕨(わらび)の新芽のこと。古くから食用とされてきたようです。今ではこんな光景はほとんど見られなくなってしまいましたが、流れ落ちる冷たい水音まで聞こえてきそうな、爽やかで美しい歌ですね。


低い石垣に挟まれた参道は古墳の羨道のよう

奈良市の田原地区にある『春日宮天皇陵(田原西陵)』は、政治の表舞台に立たず、文化の世界に生きた志貴皇子の人柄を忍ばせるような、静かで小さな陵でした。

道路に面した位置からも、参道の両脇に低い石垣が積まれていて、その奥の遠い位置に鳥居が見えます。これは、古墳へと続く羨道(せんどう)のようで、とても雰囲気がありました。ただし、近づいてみると、すぐ手前の畑がゴチャゴチャしていて美しくないのが残念でした。仕方ないこととはいえ、惜しいですね。

また、私たちは気づきませんでしたが、入り口付近に「石走る 垂水の上の さわらびの~」の万葉歌碑が立っているそうですので、お見逃しなく!


春日宮天皇陵@奈良市田原-01

奈良市の東部・田原の里にある『春日宮天皇陵(田原西陵)』。天智天皇の第7皇子で、万葉歌人として有名な「志貴皇子」が眠っています。息子である、奈良時代最後の天皇、第49代「光仁天皇」の陵からはほんの数キロの距離にありますので、合わせてお参りしてください

春日宮天皇陵@奈良市田原-02
宮内庁の看板。その奥には、両サイドに低い石垣があり、小さく鳥居が見えるようになっています!小さな画像では分かりづらいですが、とても幻想的な姿でした

春日宮天皇陵@奈良市田原-03
真っ直ぐ続く参道。古墳へと続く羨道(せんどう)のような演出(?)になっていて、素晴らしい雰囲気ですね!ただ、横に見えるフェンスが目障りですが…

春日宮天皇陵@奈良市田原-04
羨道状の場所を抜けると、こんな風景が広がります。周りは小さな山、田んぼ、茶畑といい環境なんですが、目の前の畑がゴチャゴチャッとしているのが残念。トタン板などが丸見えでした


周りを一周できる小さな円丘でした

春日宮天皇陵は、小さなサイズの円丘のようです。小道があったので周囲を歩いてみましたが、すぐに一周できました。今の季節は、小さな蛙たちが飛び跳ねていて、とてものどかな雰囲気でした。万葉集がお好きな方は、ぜひこの志貴皇子のお墓にもお参りしてみてください!


春日宮天皇陵@奈良市田原-05

春日宮天皇陵。全体を見渡すことはできませんが、光仁天皇陵と同様の円丘のようです。周りを歩ける小道があったので歩いてみましたが、すぐに一周し終わる程度のサイズです。携帯電話の電波も届きづらいくらいの場所で、静かに眠っていらっしゃいました

春日宮天皇陵@奈良市田原-06

春日宮天皇陵@奈良市田原-07

春日宮天皇陵@奈良市田原-08



より大きな地図で 奈良市・田原の里 を表示


■春日宮天皇陵(田原西陵)

HP: 参考サイト(Wikipedia)
住所: 奈良県奈良市田原町西山
駐車場: あり
アクセス: 近鉄「奈良駅」から、奈良交通バス「田原御陵前」下車すぐ


■参考にさせていただきました!

志貴皇子 - Wikipedia
38・志貴皇子 田原西陵 奈良・矢田原町 - 道端の出会い - Yahoo!ブログ


■関連する記事










  • Twitterでフォローする
  • Facebookページを見る
  • Instagramを見る
  • ブログ記事の一覧を見る







メニューを表示
ページトップへ