2015-09-21

悲劇の母子『井上内親王』と『他戸親王』ゆかりの地めぐり@五條市

悲劇の母子『井上内親王』と『他戸親王』ゆかりの地めぐり@五條市

奈良時代の末ごろ、非業の死を遂げた皇后「井上内親王」と息子「他戸親王」は、怨霊と化したと恐れられました。幽閉先だった奈良県五條市には、それぞれの陵墓(お墓)とその魂を鎮めるために祀られた「御霊神社」などがあります。恨みから災いをなしたと考えられた悲劇の母子ですが、現在は静かに眠っていらっしゃいます。雷神となった御子神を祀る「若宮火雷神社」と合わせてお詣りしてきました。


「井上内親王」と「他戸親王」の悲劇とは?

奈良時代の末ごろ、皇后と皇太子の地位にありながら廃され、幽閉先で不自然な死を遂げたため、後に怨霊として恐れられた母子がいました。

母は「井上内親王(いのえないしんのう/いがみないしんのう)」(Wikipedia)、息子は「他戸親王(おさべしんのう)」(Wikipedia)。幽閉先だった奈良県五條市には、それぞれの陵墓(お墓)とその魂を鎮めるために祀られた「御霊神社」などがあります。

この時代に詳しくない方は、その名前すらご存じないと思いますが、この母子を排除した結果、皇位を継承したのが「山部親王」(後の桓武天皇)です。平城の都からの遷都をおこなったことで知られる桓武天皇ですが、ライバルを次々に排除したため、井上内親王・他戸親王・早良親王(実の弟)らの怨霊に悩まされ続けたそうです。

「井上内親王」(717-775年)は、聖武天皇の第1皇女として生まれます。伊勢の斎王(伊勢神宮に出仕する未婚の皇女)として19年奉出仕し、弟の安積親王の死(暗殺説もあり)により任を解かれ、平城京へ戻ります。この時すでに30歳。後に、天武天皇の孫ながらも出世コースから外れていた58歳の「白壁王」のもとに嫁ぎます。

婚期を逃してしまった皇女と、日陰者扱いだった皇族という、あまりパッとしない夫婦のようですが、38歳で「酒人内親王」を産み、45歳のときには「他戸親王」を出産しました。当時としては驚くべき高齢出産です。

そして770年、貴族たちの権力闘争の結果、ノーマークだった高齢の白壁王が「第49代 光仁天皇」として即位。井上内親王は54歳で皇后になり、息子の他戸親王も皇太子となります。

しかし、幸せは長くは続きませんでした。772年、井上内親王が光仁天皇を呪詛したとして、母子はその地位を剥奪されます(この時、代わりに皇太子となったのが桓武天皇です)。さらにその翌年、別の呪詛を行った嫌疑により、他戸親王とともに奈良県五條市の没官(官職を取り上げられた人)の家に幽閉され、775年に二人同じ日に亡くなってしまいました。

罪状も死因も不自然ですし、無実の罪を着せられた末に暗殺された可能性は高いでしょう。

この直後から、平城の都には天変地異が相次ぎ、事件に関わった光仁天皇や桓武天皇、藤原百川らは悪夢に悩まされます。これは井上内親王や他戸親王らが怨霊となって祟っているためだとして、死後に名誉を回復したり神社を作って魂を鎮めたりと、手厚く祀られるようになりました。


五條市御山町の『井上内親王 宇智陵』

井上内親王 宇智陵@五條市-01
五條市御山町にある『光仁天皇皇后井上内親王 宇智陵』。宮内庁が管轄する御陵ですが、駐車場はありません。静かな土地にひっそりと葬られています

井上内親王 宇智陵@五條市-02
正面から。井上内親王が亡くなった際には、生前に皇族の地位を剥奪されていますので、こうした立派な墓はありませんでした。しかし、その後で天変地異が相次ぎ疫病が発生したため、780年、勅命により改葬し、手厚く葬られました

井上内親王 宇智陵@五條市-04
鳥居の向こうには小さな丘のような盛り上がりが見えます。御陵の前には「井上内親王宇智陵」の碑。非業の死を遂げて怨霊と恐れられた方ですが、いまは静かに眠っていらっしゃるようです


■光仁天皇皇后井上内親王 宇智陵

所在: 奈良県五條市御山町
駐車場: なし

Google Mapで開く(またはマップで「34.328952, 135.689780」を検索)


見晴らしのいい高台にある『他戸親王墓』

他戸親王墓@五條市-06
井上内親王の息子「他戸親王(おさべしんのう)」の御墓は、母の陵墓から500mほど北に位置します。かなり分かりづらい場所にありますが、国道168号線「丹原」交差点を西へ(県道55号線)、300mほど進んだところで小さな山へ登る道を進みます。この先に「御山墓地」があり、突き当りの路肩に車が停められます

他戸親王墓@五條市-09
『光仁天皇皇太子 他戸親王墓』の前。見晴らしのいい高台の上で、周りは柿の木などに囲まれ、墓地もすぐそば。15歳という若さで死を賜り、母と同様に怨霊と恐れられた方ですが、いまはとても静かな環境で眠っていらっしゃいます

他戸親王墓@五條市-08
宮内庁の「光仁天皇皇太子 他戸親王墓」の看板が立っています


■光仁天皇皇太子 他戸親王墓

所在: 奈良県五條市御山町
駐車場: 路肩に駐車可

Google Mapで開く(またはマップで「34.333864, 135.690944」を検索)


井上内親王を祀る『御霊神社』(五條市霊安寺町)

御霊神社@五條市霊安寺町-12
五條市霊安寺町に鎮座する『御霊神社』。井上内親王を主祭神とし、他戸親王・早良親王・火雷神を祀るお社です。井上内親王と他戸親王の死後、天変地異が相次いだため、その霊を鎮めるために「霊安寺」(廃寺)とともに創祠されたとされています

御霊神社@五條市霊安寺町-13
御霊神社の縁起を記した看板。本殿には井上内親王をお祀りしています。恨みを持って亡くなった方の霊を鎮めるための建てられた御霊神社は、ならまちの『御霊神社』(Wikipedia)などが有名で、ここにも井上内親王らは祀られています

御霊神社@五條市霊安寺町-14
御霊神社の拝殿。この裏手に本殿があり、1637年に造営された三間社流造のもの。人の気配もなく、静まり返っていました

御霊神社@五條市霊安寺町-15
拝殿前にかけられていた「井上内親王生誕1300年祭」の幕。717年に生まれていますので、2017年(平成29年)がその年に当たります。そのときにはまたお詣りにきたいと思います

御霊神社@五條市霊安寺町-17
御霊神社からすぐの位置にある「万願寺」。井上内親王の霊を鎮めるために建立された「霊安寺」などに伝わった仏像・大般若経などの寺宝がここに移されているそうです。真言宗寺院で准胝観音像をご本尊として祀っています

御霊神社@五條市霊安寺町-19
山号は「井上山(いじょうざん)」。読みは違いますが、井上内親王(いのえ、いがみ)と縁のあるのでしょう


■御霊神社

HP: 参考サイト「御霊神社 | 五條市
住所: 奈良県五條市霊安寺町2206(Google Mapで開く
主祭神: 井上内親王(他戸親王・早良親王・火雷神)
創建: 不明(霊安寺と同じく800年ごろか)
開門時間: 境内自由
拝観料: 無料
駐車場: なし


火の神となった御子神を祀る『若宮火雷神社』

若宮火雷神社@五條市-22
井上内親王ゆかりの場所として『若宮火雷神社(わかみやほのいかずちじんじゃ)』があります。県道55号線の北側、吉野川との間に広がる田んぼの中にぽつりと鎮座しています。近くまで車で行くことは難しいので、田んぼの間を徒歩で向かいます。稲が頭を垂れていたこの時期、とても美しい光景が見られました!

若宮火雷神社@五條市-24
火の神を祀る神社らしい赤い鳥居。井上内親王は、奈良から五條へ流される途中に男児を産み落としたとされ、母と兄の恨みを晴らすため雷神「火雷神(ほのいかずちのかみ)」となったと伝わります。この神を祀るのがこの若宮火雷神社です

若宮火雷神社@五條市-27
ファニーフェイスな狛犬たちと拝殿。御陵神社の例祭(毎年10月23日)には、ここから井上内親王が眠る「宇智陵」まで神輿が渡御し、母子対面されるのだとか。いつかぜひ参列したいです

若宮火雷神社@五條市-28
拝殿前から鳥居を見たところ。小さいながらもとても雰囲気のある、ちょっと不思議な神社でした

若宮火雷神社@五條市-30
彼岸花も満開でした!


■若宮火雷神社(わかみやほのいかずちじんじゃ)

住所: 奈良県五條市御山町74(Google Mapで開く
主祭神: 火雷神(ほのいかずちのかみ)
開門時間: 境内自由
駐車場: なし


五條市内に御霊神社は23もあるとか!

御霊神社@五條市黒駒町-31
この一帯には御霊神社がたくさん分祀されていて、現在五條市内だけでも23もあるのだとか(写真は五條市黒駒町の御霊神社)。この地の豪族の争いに端を発し、13世紀ごろからどんどん分祀されていったのだそうです。もともと怨霊と化した人の鎮魂を目的としたお社ですから、不思議な感じがしますね


■参考にさせていただきました

井上内親王 | 五條市
御霊神社 | 五條市
井上内親王 - Wikipedia
他戸親王 - Wikipedia


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