2016-09-11

著書『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』が発売されます

私たちの著書『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』発売されます

私たちの著作『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』(淡交社)が発売になります。真言宗の始祖である「弘法大師空海」は、高野山や京都、四国などが関係の深い土地として知られていますが、奈良もまた研鑽と修行を重ねた地として深い関わりがあります。弘法大師空海の足跡を追うことで、新たな奈良の一面が見えてくるでしょう。ぜひ手にとってご覧ください!


空海の足跡を追うことで見えてくる奈良

私(中村秀樹)が文章を、妻(中村恵理子)が写真を担当した書籍『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』が、京都の出版社「淡交社」さんから発売になります。

書名: 奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良
著者: 中村秀樹/文 中村恵理子/写真
出版社: 淡交社
定価: 1,728円(税込)
発売日: 2016年9月21日
判型: A5判 112頁 (カラー80頁)
ISBN:9784473041036

詳細: http://www.tankosha.co.jp/ec/products/detail.php?product_id=2065

本書では、真言宗の宗祖であり、偉大なる思想家であった「弘法大師空海」が、おもに若き日に学び修行した奈良のゆかりの地などを紹介しています。


密教の正統な後継者として、日本に真言密教を伝えた宗教家・弘法大師空海を敬慕する弘法大師信仰は時を超えて語り継がれ、日本人の心に深く根付いています。高野山はもとより、八十八箇所霊場を有する四国などが空海と関係が深い地として知られていますが、奈良もまた仏教と出会い、研鑽と修行を重ねた地として空海と関係が深い場所です。本書では、様々な伝承がのこる空海ゆかりの奈良の地を案内します。


ご紹介するスポットは、奈良の有名寺院なども多くふくまれますが、もちろんすべて「弘法大師空海とどのような関わりがあったか」という観点でご紹介しています。お馴染みのお寺さんも「弘法大師空海」を通して見ることで、新たな気付きが得られることでしょう。


『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-01

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』書影。表紙には飛鳥・岡寺の修行大師像と三重塔の写真を使用させていただきました

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-02
帯の裏面。奈良のエリアごとにわけて、弘法大師空海ゆかりの地をご紹介しています。また、巡礼霊場やゆかりの行事などにも触れています。お大師さまは大和のいたるところで今でも篤く信仰されています

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-16
ちなみにこの本は、2014年秋から淡交社さんで続いている「奈良を愉しむ」というシリーズの一冊です。これまで奈良の風景・桜・紅葉などを紹介してきましたが、本書はこれまでとはかなり毛色の変わった内容となっています


奈良各地の空海ゆかりの地をご紹介します

あらためてご紹介しますが、「弘法大師空海」(774年-835年)は、奈良時代末から平安時代の偉大な宗教家です。日本に正当な真言密教を伝え、真言宗の宗祖となった人物でもあります。

この時代のかたとしては数多くの著作をのこしていますが、その生涯には謎も少なくありません。

一般的によく知られているのは、生誕地である讃岐でのこと、遣唐留学僧として入唐したこと、京都・東寺を賜り密教を具現化したお堂としたこと、天台宗の宗祖・最澄との交流と決別、高野山に新たな密教の聖地を切り拓いたこと、後の時代に四国八十八箇所巡礼などが始まったことなどでしょう。

しかし、奈良を中心としたエリアで過ごした若かりし頃のこと、唐から帰った後の南都との深い関わりについては、奈良好きなかたでもあまりご存知ないかもしれません。『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』では、奈良とのご縁を広くご紹介しています。


『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-03

まずは「空海と奈良」と題して、その生涯を奈良との関連を中心にご紹介しています。ページに挿入してある図版は、大阪・法楽寺に伝わる「弘法大師行状絵伝」より

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-04
奈良県内のエリアごとに、空海ゆかりの地をご紹介しています。大安寺は、インドや中国から来日した僧侶が滞在する国際的な寺院で、若き空海も自由に出入りしていたものと思われます。平城宮跡や東大寺、興福寺など、それぞれに空海との深いつながりがあります

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-05
寺院ばかりではなく、空海が間接的に工事にかかわった、橿原市「益田池堤跡」などもご紹介しています。近くの丘の上にある巨石「岩船(益田岩船)」、夢のお告げで塔から大日経を発見したとされる「久米寺」など、関連する場所は数多くあります

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-06
「奈良盆地中央の弘法大師伝説」では、広陵町や田原本町を中心に、空海が梵字をかたどった「梵字池」を作ったという伝承があります。田原本町「本光明寺」「楽田寺」などをご紹介しています

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-07
「空海ゆかりの行事」では、弘法大師空海の入定の日に営まれるもの、生誕の日を祝うもの、また真言密教の影響が色濃い、東大寺二月堂の「修二会(お水取り)」などもご紹介しました


奈良各所で感じられる空海の「熱」

よりわかりやすくご理解いただくために、「弘法大師空海と奈良」の関係について、ごく大雑把にご説明しておきます。

寧楽の都に上がってきたばかりの若き弘法大師空海について、確かな資料はのこされていません。研究者たちのさまざまな論から、または社寺にのこされた伝承から、また司馬遼太郎さんの大作『空海の風景(上下)』なども参照しながら、その姿をイメージしていきます。

すると、若き日の弘法大師空海の「熱」のようなものが感じられてきます。その熱をたどって奈良を見つめなおすと、また新しい奈良の表情が見えてきます。


「弘法大師空海と奈良」の関係は

弘法大師空海が生まれ故郷の讃岐から上京したのは、15歳のことでした(一説には18歳とも)。その頃、すでに都は平城京から長岡京へ遷っており、15歳からの3年間は新都で過ごし、18歳の大学入学とともに旧都・平城京に移り住んだと考えられています。

ちょうど奈良時代の末期であり、おそらく多くの建物は解体されて新都へ運びだされ、華やかだった寧楽の都も歯抜けの状態になっていたことでしょう。しかし、きっと上京したての少年・空海は、壮大な都の景色に目を丸くしたに違いありません。

平城京のあったと考えられる大学では「明経科」に入学し、熱心に勉学に打ち込みます。ここは国家官僚になることを目指す科で、儒教の経典の本文と注釈を一字一句間違えずに記憶することが求められるなど、とても退屈なものだったようです。そんな生活に飽いたこともあってか、大学に通いながらも仏道に進むことを心に決め、奈良の大寺の経蔵で貴重な経典を読みふけり、山林修行にも身を投じていました。

いよいよ、国の官僚になる道を捨て、仏道に進むことを宣言した書『聾瞽指帰』(後に『三教指帰』に改題)は、奈良の田原本町で執筆されたとされ、その後「空白の七年間」と呼ばれる、まったく消息不明の時期を経ています。

しかし、31歳のときに突然、遣唐使の一員に選ばれます。そのきっかけとなったのが「橿原市・久米寺の塔に『大日経』がある」という夢のお告げでした。実際にそこで発見したものの、唐に渡らなければ完全に理解することは不可能であると考え入唐を決意した、そんな説があります。

最澄や橘逸勢(空海と並ぶ三筆のひとり)とともに唐へ渡った弘法大師空海は、おどろくべき速さで真言密教の真髄を修めた空海は、20年の在唐を義務付けられていたにもかかわらず、師の言葉に従ってわずか2年ほどで帰国してきます。

その後は嵯峨天皇からの篤い帰依を受け、京都を中心に活躍しますが、南都仏教勢力とはずっと良好な関係を築きます。わずか37歳で東大寺の別当(長官)に任命されたり、藤原冬嗣から依頼で興福寺南円堂の建立を主導したり、橿原市の益田池の建築に間接的に関わったり。さまざまな足跡をのこしています。

さらに、史実とは認めづらいものの、奈良県内には弘法大師伝説がたくさん伝わっています。古くから水不足に悩まされてきた大和盆地の人々にとって、知識と霊力に長けた空海への祈りは切実だったのでしょう。各地で「弘法水」の言い伝えがみられます。


よろしければぜひご覧ください

この『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』のために文献にあたったり、取材をしたりしているうちに、奈良のさまざまなところに弘法大師空海の息遣いが感じられるようになりました。

710年に藤原京から遷都し、唐の都・長安を模して造られた平城京は、若き日の弘法大師空海が歩いた土地でした。東大寺や大安寺などの巨大な官寺にも出入りしていたことは間違いありません。高野山と京都を往来する途中には大和盆地で休息をとり、溜池を造る相談も受けたりしたでしょう。

それはどれも、私がこれまで気づかなかった奈良の姿でもありました。

少しでも興味をお持ちくださったかたは、ぜひお手にとってみてください!


<余談>掲載しきれなかった画像など

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-08
表紙にご登場いただいた弘法大師空海の「修行大師像」は、明日香村・岡寺の大師堂の前のもの。まだ比較的新しい像ですが、堂々たるお姿です。こちらは表紙の候補のひとつだったバックショットです

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-10
田原本町「楽田寺(らくでんじ)」では、県指定文化財「善女龍王図」(を印刷したもの)を拝見しました。雨乞い祈願の際に用いられたもので、雷神・雨神らとともに弘法大師像が描かれた、とても面白い図でした

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-11
弘法大師空海ゆかりの巡礼霊場である「大和北部八十八ヶ所霊場」についてもご紹介しています。江戸時代中期に制定されたもので、1番・2番札所の大安寺で巡礼リストなどもいただけます。現在では無住となったお寺などもふくまれていますので、完全な満願は不可能になっています

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-09
「空海ゆかりの行事」の取材として、何箇所も参列させていただきました。こちらは弘法大師空海の誕生日とされる6月15日に大安寺で催される「青葉祭(弘法大師誕生会)」の様子。お釈迦様の生誕を祝う灌仏会で甘茶をかけるように、小さな大師像に甘茶をかけてお祝いしました。珍しいですね!

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-12
「空海ゆかりの行事」の取材のなかでもっとも印象深かったのが、毎年4月21日、大和郡山市の番条地区で催される「番条のお大師さん」でした。この日は、集落内の各家庭で祀られている小さな弘法大師像が玄関先で一斉に出開帳され、参拝者はミニ巡礼のように巡っていくというものです(参考:番条のオダイシサン/奈良県公式ホームページ

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-13
「番条のお大師さん」では、こんな感じで玄関先に出開帳されます。本当に興味深い風習で、編集者さんにお願いして3ページを割いてご紹介させていただきました

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-14
第一章「空海と奈良」に図版を掲載させていただいた、大阪・法楽寺の「弘法大師行状絵伝」。江戸時代の作で、四幅一対。弘法大師空海の生涯をわかりやすく描いています。信徒さんへの絵解きに使用したものでしょう。お寺さんのご厚意で、本物を間近で拝見させていただいて感動しました!一部は本書に掲載してありますので、ぜひご覧ください

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社-15
春先から執筆にとりかかっていて、発売は9月です。8月上旬に初稿が届いたときにはやはり嬉しくて、こんな写真まで撮影していました(笑)


■『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』

著者: 中村秀樹/文 中村恵理子/写真
出版社: 淡交社
定価: 1,728円(税込)
発売日: 2016年9月21日
判型: A5判 112頁 (カラー80頁)
ISBN:9784473041036

詳細: http://www.tankosha.co.jp/ec/products/detail.php?product_id=2065








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