2016-09-25

自著『弘法大師空海が歩いた奈良』サイン会を開催しました

自著『弘法大師空海が歩いた奈良』サイン会を開催しました

著書『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』(淡交社)の発売にともない、奈良市の「奈良の雑貨とカフェBAR ことのまあかり」さんで、ゆるい感じのサイン会のようなものを開催させていただきました。たくさんのかたにお相手していただいて、本当に楽しかったです!

ちょっとした著書の見どころ紹介などと合わせてご報告しておきます。


奈良とお大師さんの関連地を紹介しています

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』淡交社

私たち(中村秀樹・恵理子)の書籍『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』が、淡交社さんから発売になっております。

「奈良とお大師さん」という渋いテーマですから、決して「どなたでもぜひ!」とお勧めできるものではありませんが、おかげさまでたくさんのかたに手にとっていただいているようです。

お買い求めくださった皆さま、本当にありがとうございます!

本書では、真言宗の宗祖「弘法大師空海」が、おもに若き日に学び修行した奈良のゆかりの地などを紹介しています。

すべて「弘法大師空海とどのような関わりがあったか」という観点でご紹介しておりますので、有名なお寺さんも「弘法大師空海」というフィルターを通して見ることで、新たな気付きが得られると思います。


生まれて初めてのサイン会まで!

そして、この本の発売にともない、生意気にも「サイン会」などというものまで開催させていただきました(笑)

とはいえ、事前の告知時間も短かったですし、そう何名もご来場くださるとは思っていませんでした。そこで、会場を提供してくれた、奈良市『奈良の雑貨とカフェBAR ことのまあかり』さんでお茶でも飲みながら居座って、サインを申し出てくださったお客さまにはいつでも応じます……という、ゆるいスタイルで開催させていただきました。




サインなんて生まれて初めてのことですし、字が下手なことのコンプレックスもあるので、かなり緊張しながら当日に臨んだのですが……。

まさに「このくらいがちょうどいい」という感じで、常にお客さま(=読者さま)が途切れることなくお越しくださって、雑談(と下手なサインの言い訳)などしながら、楽しい時間を過ごさせていただきました。

お越しくださった皆さま、本当にありがとうございました!


『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』サイン会-02

当日の様子。サイン会というよりも、「ことのまあかり」さんの席に陣取っていて、お声がかかったらサインをさせていただくという、ゆるい形にしました。某新聞社さまからご取材をいただいたりしましたので、そのうち新聞紙面に私たちの顔も掲載されるかもしれません

(※まだまだ取材のご依頼、お待ちしております!いつでもどこでも出向きますので、お気軽にお声がけください!)

『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』サイン会-01
サインを書いているところ。本当に下手な字ですみません……。そして、わざわざご足労くださった皆さま、本当にありがとうございました!




Twitterでもたくさんのコメントが

Twitterなどからも、たくさんの暖かい声をいただきました。知人友人から、またはこれまで接点がなかったかたからもご購入いただいており、嬉しい限りです。一部だけご紹介させてください。




この本を書いて個人的に楽しかったこと

ここからは著者からの裏話のようなものになりますが、この本を書いていて、「平城京から都が遷ったあとの様子を想像できたこと」という点がとくに楽しかったです。

奈良好きな私にとって、平城京から長岡京(784年)、平安京(794年)へと都が遷ってしまった直後の時代は、ある意味では「空白の時代」です。

810年、平城上皇が奈良へ都を戻そうとして失敗する「平城太上天皇の変」(いわゆる「薬子の変」)がありましたが、それ以降は、旧都・奈良は歴史年表の上では忘れられたような存在となってしまいます。

次に大きく取り上げられるのは、平安時代末期の1181年、源平の争乱の際の「南都焼討」と、重源が東大寺の勧進職をつとめ、南都を拠点にした仏師集団・慶派が活躍した「南都復興」くらいでしょうか。

この間、350年以上にもわたって、歴史の教科書で奈良が触れられることはほぼありません。もちろん、その間も南都の人々の生活は連綿と続いているのですが、不勉強な私などは、その姿を思い描く知識がありませんでした。

おおげさな言い方をすれば、「奈良から都が離れてしまったあとは、しばらくモニターが真っ暗になり、電源オフの状態に。300年以上あとの源平の争乱で再び電源オンになる」というイメージですらありました。

しかし、弘法大師空海について調べていくうちに、この部分の前半の空白が埋まりました。長岡京遷都後の旧都となった平城京の様子が、いくらか具体的にイメージできるようになったのです。

弘法大師空海が讃岐から上京したのは、15歳(788年)のことでした(一説には18歳(791年)とも)。すでに784年に都は長岡京へ遷っています。18歳で国立大学に入学しますが、この施設は新都へ移設されず平城京にのこっていたようで、弘法大師空海は旧都となった平城京で大学生活を送ります。

大学で熱心に勉学に励みながら、奈良の都の大寺にも自由に出入りして経典を読みふけったりもしていたようです。南都のお寺は「国際的な仏教センター」という雰囲気も強かったようですから、海外の僧侶たちとも交わりながら、奈良のお寺を闊歩していました。東大寺や大安寺には七重塔が建っており、壮大な金堂などの堂宇が立ち並んでいたはずです。

その一方で、すでに旧都となっていた平城京の町並みは、新都へ建物が移設されているため歯抜けになり、巨大な都の周辺部からは少しずつ田畑に戻っていたでしょう。

その20年ほど後には、弘法大師空海は東大寺の別当に任命されるなど、また違った形で奈良と関わったりします。さらに、高野山と京都を往来する途中には大和盆地で休息をとり、溜池を造る相談も受けたりしています。

その時の旧都・平城京の様子はどうだったのでしょうか?

その様子は変わってしまったとしても、弘法大師空海が歩いた場所を、いまの私たちも歩いています。もちろん、それは元明天皇や聖武天皇が歩いた場所であり、重源らの名僧が祈った場所であり、忘れ去られて田畑にかえっていた場所でもあります。こうした歴史のなかで、私にとっても空白の時代だったピースが埋まったということも格別に嬉しいですね。

愛する奈良の土地を眺めるときに、新たに「弘法大師空海」の息遣いが感じられるようになったことは、私にとっては大きな収穫でした。その楽しみをすべての奈良好きなかたにお伝えするには、私の実力が不足していますが、少しでも多くのかたに手にとっていただければ幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!


■『奈良を愉しむ 弘法大師空海が歩いた奈良』

著者: 中村秀樹/文 中村恵理子/写真
出版社: 淡交社
定価: 1,728円(税込)
発売日: 2016年9月21日
判型: A5判 112頁 (カラー80頁)
ISBN:9784473041036

詳細: http://www.tankosha.co.jp/ec/products/detail.php?product_id=2065


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