2009-11-06

邪馬台国の宮殿跡か?大発見の『纒向遺跡』@桜井市

邪馬台国の宮殿跡か?大発見の『纒向遺跡』@桜井市

大型の建物の跡が発見され、「邪馬台国大和説」の実証へと大きく近づいと話題になった『纒向遺跡(まきむくいせき)』。まだ現地説明会(11月14日・15日)も行われていないタイミングでしたが、興味本位で見に行ってみました。

今から1700年も昔の遺跡を前にすると、本当に不思議な気分になりますね。思っていた以上に感動しました!


邪馬台国大和説の裏付けとなる纒向遺跡

邪馬台国の所在地の最有力候補とされてきた、奈良県桜井市の「纒向遺跡(まきむくいせき)」。

全国的に見ても、かなり早い時期に巨大な前方後円墳が築かれたり、出土する土器の30%近くまでが他の地域から運び込まれたものだと判明していたり(=都市機能があった)、「卑弥呼の墓」いう説が有力となってきた「箸墓古墳」があったりと、「邪馬台国大和説」の中心となる場所とされていました。

その説の弱点とされていたのが、邪馬台国の中枢となる建物跡が見つかっていないことでしたが、今回、纒向遺跡から大型の建物の跡が見つかりました。これにより、邪馬台国大和説はいっそう有力となったといわれています。


初期の前方後円墳が集まる「纒向古墳群」

この日(2009年11月12日)は、まだ現地説明会が開催される2日前。まだ発掘調査中ですので、近くで見られるとは思っていませんでしたが、とりあえず遠目からでも眺められないかと、大まかな地図を見ただけで現地に向かってみました。

車を走らせていると、「纒向古墳」の小さな案内看板が見えますので、道路に面していた「纒向石塚古墳」の駐車場に車を停め、纒向遺跡の場所(ブルーシートが目印になります)を探しながら、その周辺を歩いてみました。

この一帯は、箸墓古墳も含む「纒向古墳群」と呼ばれていて、纒向石塚古墳・纒向勝山古墳・纒向矢塚古墳が集中しています。いずれもパッと見ると小さな丘に樹が生えているだけのように見えますが、日本に前方後円墳が発生した初期のものであるため、とても貴重なものなのだそうです。


纒向遺跡@桜井市-01

奈良県桜井市にある「纒向石塚古墳」。3世紀前半の大型建物跡が発見され「邪馬台国畿内説」の証拠かと大きなニュースとなった『纒向遺跡』は、ここから徒歩5分くらいの位置にあります。古墳脇に数台分の駐車場があります

纒向遺跡@桜井市-02
『纒向石塚古墳』の様子。現在はただのこんもりした岡にしか見えません。三世紀後半、前方後円墳の発生期のもので「纒向型」と呼ばれる形だったのだとか。周囲には幅約30mの濠がめぐらせてあったそうです

纒向遺跡@桜井市-03
纒向石塚古墳からの眺め。すぐ隣に纒向小学校がありますが、その周りは田んぼと古墳。古墳が集まる桜井市らしい場所なのかもしれません

纒向遺跡@桜井市-05
纒向石塚古墳のすぐ近くにある「纒向勝山古墳」。まだ詳しい調査は行われていないそうですが、纒向型前方後円墳の一つと考えられ、箸墓古墳よりも先に作られたものの可能性もあるのだそうです

纒向遺跡@桜井市-06
「纒向勝山古墳」の様子。周囲は濠に囲まれていて、水中には赤い岩のようなものが沈んでいたようです。紅葉している古墳って、よく考えたらあまり見慣れない光景ですね

纒向遺跡@桜井市-07
纒向小学校を取り囲むようにある纒向古墳群。お次は「纒向矢塚古墳」です。こちらは調査済みで、纒向型前方後円墳の一つであり、出土土器から、箸墓古墳よりも先に作られたものの可能性が高まっているのだとか

纒向遺跡@桜井市-08
「纒向矢塚古墳」の様子。傾斜がなだらかな丘になっていて、形は一番美しかったですね

纒向遺跡@桜井市-09
纒向小学校の南側には、さらにまだ古墳らしきもの(東田大塚古墳だと思います)が見えましたが、キリが無さそうだったのでこの辺で切り上げました


纒向遺跡はJR桜井線「巻向駅」すぐ

この辺りを歩いてみても、纒向遺跡の発掘現場らしきものは見当たらなかったため、犬のお散歩中だった地元の方に道を聞いてみました。すると「巻向駅の近くで、チコマートさんの裏側」とのことでしたので、その方向へ向かってみます。

しかし、その道沿いには「県営纒向団地」が並んでいて、とてもじゃありませんが、貴重な遺跡が見つかるような雰囲気ではありません。さらに先へ進み、JRの踏み切りが近づいてくると、「チコマート(巻向店)」さんが見えてきて、まさにその裏手が「纒向遺跡」でした!

なお、私たち以外にも道に迷ってしまって、地元の方に聞いている方の姿をたくさん見かけました。車で行くと道は細いし駐車場はないし・・・と、かなりややこしい場所ですので、出来るかぎりJRを利用して、桜井線「巻向駅」で下車してください。本当に目の前にありますので、電車の車窓からでも見えると思います。


纒向遺跡@桜井市-10

地元のお散歩中の方に道を聞いてみると、「纒向石塚古墳から東側に進み、チコマートさんの裏側」とのこと。信号を渡るとすぐにクラシックな「県営纒向団地」がありますので、その先へ進みます

纒向遺跡@桜井市-11
5分も歩かずに見えてくる「チコマート(巻向店)」さん。目指す纒向遺跡の発掘現場はこの裏手にあります


作業時間中は当然「立入禁止」ですが・・・

やっと見つけた纒向遺跡ですが、入口部分には当然のように「立入禁止」のロープが張ってあります。

中に入れないことは覚悟していましたので、少しでも発掘現場が見えるところは無いかと周りを歩いてみたところ、線路からすぐ近くに細い道があり、そこから少しだけ見ることができました。

もうこれだけで満足でしたので、そのまま帰ろうとしていると、16時で作業が終了したためなのか、そこにいた私たちやご近所の方数名を、発掘現場のすぐ近くまで招き入れてくださったのです!


纒向遺跡@桜井市-12

纒向遺跡の入口部分。15時半くらいの時間でしたが、中に関係者らしき方たちの姿は見えるものの、立入禁止のロープが張ってありました。現地説明会の直前ですから、まぁ当然ですね

纒向遺跡@桜井市-13
地元の方が犬のお散歩で使っていた、線路沿いの細い道から。見てのとおり、それほど広い面積ではありませんし、民家のすぐ裏手の空き地です。よくこんなところをピンポイントで掘って、こんな大発見をしたものだと驚きました!お隣の家の方は騒々しくて大変でしょうね

纒向遺跡@桜井市-14
纒向遺跡の発掘現場は、JR桜井線「巻向駅」の目の前にあります。このホームからもよく見えると思います。周囲に駐車場などはありませんので、纒向遺跡に来る方は電車を利用した方が便利ですね

纒向遺跡@桜井市-15
隣接している空き地からも一枚だけ写真を撮っておこうと近づいてみると、関係者の方から手招きしていただきました!16時になって作業が終了したためなのか、間近で拝見させていただくことができました!


1700年以上も昔の遺跡なんです!

私は古代史の知識はほとんどありませんので、目の前に見ている纒向遺跡の価値がどの程度のものなかはよく分かりません。しかし、この遺跡は3世紀後半のものとされているのですから、今から少なくとも1700年以上も昔のものだと考えると、本当に不思議な気分になりました。

また、想像していたよりもかなり建物のサイズが小さく思えたのですが、きっと3世紀後半の邪馬台国の時代には、これでも相当な巨大建築物だったことでしょう。あの平城京ですら8世紀のものですから、それよりも400年以上も時代を遡ることを考えると、それも当然のことなのかもしれません。


纒向遺跡@桜井市-16

これが『纒向遺跡』の発掘現場です!3世紀前半の「大型建物跡」というわりには意外と小さめでした。黄色い筒が立ててあり、白い丸で囲んである部分が柱が立てられていた跡でしょう。中央部分には小石が敷き詰められていたような形跡が見られました

纒向遺跡@桜井市-17
纒向遺跡の発掘現場を別角度から。黄色のポールは全部で25本ほどでしょうか。平城宮跡などの規模と比べると驚くほど少ないですが、それよりも400年以上も古い遺跡ですからね。当時としては目を見張るほどの巨大建築物だったのかもしれません

纒向遺跡@桜井市-18
小石が並べられていたり、ちょっとした段差が残っていたり。これが今から1700年以上も昔の人たちの生活の痕跡かと思うと、不思議な気分になりました

纒向遺跡@桜井市-19
発掘現場の脇に建っていたテント前。ちょうど作業が終わったタイミングでした。遺跡発掘の作業は、暑かったり寒かったりで大変だと思いますが、こんな大発見があるとその苦労も報われるのかもしれません


位置・大きさまでピンポイントに的中!

また、纒向遺跡を実際に見て不思議に思ったことは、「何故こんなにピンポイントで発掘できたのか?」ということでした。

画像を見ていただければお分かりいただけると思いますが、発掘現場の周辺は、民家・線路・田んぼ・空き地です。しかし、その周辺部分は掘り起こした様子もありませんし、まさに「この場所に何かがあると分かっていたから掘ってみた。」そんな印象だったのです。

そして、帰宅してからネット上のニュースを見てみると、まさにその通りだったんです!



 俳優になる前から考古学が好きだった苅谷さん。約30年前、人気刑事ドラマ「西部警察」のロケの帰りに先輩の石原裕次郎さん宅の建て替え工事に伴う発掘調査を見て、考古学熱が再燃。ついには裕次郎さん率いる石原軍団を辞め、当時はまだ無名だった纒向遺跡などの発掘現場に通い詰めた。

 10年前に出版した「まほろばの歌がきこえる」(エイチアンドアイ)で苅谷さんは、国内最初の前方後円墳とされる纒向石塚古墳の後円部が太陽祭祀(さいし)の“祭壇”と推定。そこから東へ延びるラインを中心軸として予想した宮殿域は、桜井市教委が今回発表した範囲と、位置、大きさともほぼ一致。飛鳥時代(7世紀)以降に登場する宮殿は南北軸が基本だが、苅谷さんの持論は正解だった。
「西部警察でおなじみ俳優・苅谷さん「卑弥呼の宮殿」予言が的中」:イザ!」より引用


全てが正しいかどうかは分かりませんが、纒向石塚古墳の後円部は「太陽祭祀」でそのラインから位置・大きさまでピタリと当ててしまうなんて・・・、学者さんや考古学マニアの方は本当にすごいです!感動しました!


纒向遺跡@桜井市-20

国道169号線沿いに立っている「卑弥呼の里 桜井市」の看板です。これからこんな看板が増えていくんでしょうか?



大きな地図で見る


■纒向遺跡(纒向古墳群)

HP: 参考サイト(Wikipedia)
住所: 奈良県桜井市辻
アクセス: JR桜井線「巻向駅」下車すぐ

※駐車場は「纒向石塚古墳」前に数台分あるだけです。道幅も狭く、路上駐車をすると近隣の方のご迷惑になってしまいますので、特に週末などは電車を利用するようにしましょう
※ブログのシステム上、「2009-11-06」の日付となっていますが、実際に纒向遺跡を訪れたのは「2009-11-12」です。


■参考サイト

纒向遺跡 - Wikipedia
クローズアップ2009:奈良・纒向遺跡に大型建物跡 卑弥呼の都、足固め - 毎日jp(毎日新聞)
「西部警察でおなじみ俳優・苅谷さん「卑弥呼の宮殿」予言が的中」:イザ!
桜井市 文化財情報










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