2013-08-12

美しい石塔の『於美阿志神社(檜隅寺跡)』@明日香村

美しい石塔の『於美阿志神社(檜隅寺跡)』@明日香村

明日香村檜前にある『於美阿志(おみあし)神社』は、古代の渡来系氏族・東漢氏の氏寺跡『檜隈寺跡』(ひのくまでら)に建つ神社です。重要文化財の「石塔婆」が残っていたりしますし、古くは第28代・宣化天皇の「檜隈廬入野宮」があった土地でもあります。今は小さな境内ですが、静かな雰囲気の中、のんびりと散策してきました。


檜隈氏の氏寺『檜隈寺』があった場所です

明日香村檜前の『檜隈寺跡』(ひのくまでらあと)は、7世紀ごろ、古代の渡来系豪族「東漢」(やまとのあや)一族の中心氏族であった檜隈氏が、その祖と伝わる「阿智使主」(あちのおみ)を祀った寺院があった場所です。1907年、この地に『於美阿志神社』(おみあしじんじゃ)が移転し、現在の形となりました。

また、この一帯は、第28代・宣化天皇(Wikipedia)が即位した「檜隈廬入野宮」(ひのくまのいおりののみや)があった場所とされています。先の安閑天皇の死去にともない、536年、この地で69歳という高齢で即位し、わずか4年で崩御なさいました。短い間でしたが、当時の日本の中心だったとされる場所に当たり、境内に石碑が建っています。


於美阿志神社・檜隅寺跡

桧隈は、百済から渡来した阿智使主(あちのおみ)が居住したと伝えられ、於美阿志神社はその阿智使主を祭神とする。桧隈寺跡は、その神社の境内にあり、塔・講堂と推定される建物跡をのこす。「日本書紀」天武天皇朱鳥元年の条に桧隈寺の寺名がみえ、寺跡からは、7世紀末の瓦が出土する。現在塔跡にある十三重石塔は上部の一部を欠いているが重要文化財に指定されている。

境内の案内より


美しい壁画が話題になった「キトラ古墳」からも近い場所で、周辺の道路が拡張されるなどの整備が進められていますが、とてものんびりした静かな雰囲気を保っています。


於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-01

明日香村檜前の『於美阿志神社』(おみあしじんじゃ)。この土地は、7世紀ごろに建立された寺院『檜隈寺』(ひのくまでら)の跡地です。20世紀の初頭にこの地へ移転してきたそうです

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-02
境内の説明図。現在の於美阿志神社の配置と、かつてここにあった檜隈寺の配置が重なって表示されています

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-03
於美阿志神社の拝殿

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-04
拝殿の脇から本殿が見えます。渡来系氏族・東漢氏の祖である「阿智使主(あちのおみ)」を祀っています

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-05
境内の小さな摂社。神社としてはそれほど広くありません

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-06
境内には「宣化天皇檜隈廬入野宮趾」の石碑が。ここは第28代・宣化天皇が即位した「檜隈廬入野宮」(ひのくまのいおりののみや)があった場所とされています


平安時代の美しい「石塔婆」(重文)が

拝殿に向かって右手には、平安時代に建てられた「石塔婆」(重文)があります。周りは草だらけでやや近づきづらかったですが、囲まれた柵の間際から見ていると、端正でありながら柔らかな印象があり、とても美しかったです。

おそらくもともとは「十三重」で作られていたと思いますが、一番上の円形の石を数に入れても「十二重」しかありません。一段だけどこかへ持ち去られたりしたんでしょうね。

檜隈寺は、7世紀後半にまず金堂などが建てられ、やや遅れて講堂や塔が建てられたとか。平安時代の後期には講堂の基壇の大規模な修復のあとが見つかっているそうですから、この石塔もそのころのものでしょう。しかし次第に荒廃し、江戸時代にはこの石塔のみになっていたそうです。

長い間、この地でこの石塔だけが崩れること無く立ち続けていたのかと思うと、ちょっと感動的ですね!


於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-10

檜隈寺跡に建つ「石塔婆」(重文)。真夏で雑草が生い茂っていましたが、柵の近くまで行けます

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-11
この距離で見えます。平安時代からずっとこうして建っていたんですね

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-12

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-13


講堂跡の礎石で当時の姿を想像しましょう

檜隈寺の「講堂」に使われていた礎石が見られますが、これも本物なのか後から復元されたものなのかは分かりませんでした。

檜隈寺の伽藍は、「伽藍は西向きの特異な配置で、西門を入ると正面に塔、南に金堂、北に講堂がある。回廊は講堂及び金堂に取り付き、塔を囲むことが判明している」(奈良まほろば検定ガイドブックより)という形だったようです。門をくぐると、正面に塔が、それを挟むように金堂と講堂が建ち、回廊で繋がっていたんですね。

現地へ行っても礎石と復元図しかヒントはありませんが、在りし日の姿を想像してみると面白いですね!


於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-07

「史跡 檜隈寺跡 講堂」の説明。講堂の基壇部分は朝鮮半島に多く見られる「瓦積基壇」。渡来系氏族の東漢氏の寺らしい造りだとか。講堂の建物は、29.4m×15.3mで、飛鳥寺や法隆寺西院伽藍の講堂に匹敵する大きさです

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-08
講堂跡には、ぽつりぽつりと礎石が見えます。景色に溶け込んでしまって見づらいですが、講堂が立派なサイズ(7間×4間)だったことは見て取れました

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-09
蔦に覆われた礎石も

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-14
於美阿志神社を少し離れて見たところ。こんもりとした森が境内です。古くは、この辺りに塔や金堂も建っていたはずですが、今はのどかな風景が広がっていました

於美阿志神社(檜隅寺跡)@明日香村-15
同じ場所から逆を眺めてもこんな景色です!



大きな地図で見る


■於美阿志神社(檜隅寺跡)

住所: 奈良県高市郡明日香村檜前
祭神: 阿智使主神夫妻
創建: 不明
拝観料: 境内無料
駐車場: 鳥居の前に小さなスペースあり
アクセス: 近鉄吉野線「飛鳥駅」から徒歩15分ほど


■参考にさせていただきました

ひとしひとひら 桧隈寺跡
於美阿志神社・檜隈寺跡
玄松子の記憶 於美阿志神社










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