試みの大仏殿と行基菩薩のお寺『喜光寺』@奈良市郊外
行基さん縁のお寺であり、東大寺・大仏殿の参考にされたという「試みの大仏殿」があることで有名な『喜光寺』へお参りしてきました。ゆったりした本堂は素晴らしいですね。再建されたばかりの南大門も力強く美しかったです。
菅原道真の生誕地「菅原の里」のお寺
奈良市菅原町に建つ『喜光寺(または菅原寺)』は、奈良時代に数多くの土木工事や、東大寺の大仏建立の勧進を行った僧・行基が、721年に創建したと伝わるお寺です(近鉄奈良駅前に像が建てられている方です)。行基は、749年にこの喜光寺で死去し、生駒市の「竹林寺」に埋葬されました。宗派は法相宗で、薬師寺唯一の別格本山となっています。
喜光寺の本堂(重文)は、室町時代に再建されたものですが、東大寺の大仏殿を建立する際に、この本堂を参考にしたと伝えられており、「試みの大仏殿」と呼ばれています。また、境内には約100種・200鉢の蓮の鉢が並べられており、夏の長い間楽しめる蓮のお寺としても知られています。
この一帯は、菅原道真の生誕地と伝わる菅原の里となるため、古くは「菅原寺」と呼ばれていましたが、聖武天皇が参詣した際に、ご本尊から不思議な光が放たれたのを見て、寺名を「喜光寺」と改めたのだそうです。
夏には100種・200鉢の蓮が花開きます
現在の喜光寺は、すぐ前を阪奈道路が通っているため、やや風情に欠ける印象がありますが、元々は「平城京右京三条三坊」と平城京の一部だった場所ですから、そんなことを想像してみるといいですね。
道路に面して真新しい「南大門」が建っていますが、これは2010年5月に再建されたばかりのもの。私はそれ以前の姿を見たことがありませんが、お寺さんらしい構えになっています。
南大門をくぐると、左手にはずらりと蓮の鉢が並びます。蓮の開花時期は6月下旬~8月上旬まで。それに合わせるように、本堂裏手の「弁天堂」の秘仏・宇賀神王がご開帳になるそうですので、この時期に合わせてお参りするとより楽しめるでしょう。
奈良市菅原町の『喜光寺』。目の前に阪奈道路が走っているため、やや騒々しい雰囲気です。手前に見えるのが再建された南大門。奥が「試みの大仏殿」と呼ばれる本堂。大きな建物はほぼこれだけですので、参拝にはそれほど時間はかかりません
喜光寺の南大門は、2010年5月に450年ぶりに再建されたばかりです。高さ・幅は約12m、奥行が約9m。祀られている仁王像は、文化勲章受章者の彫刻家・中村晋也さんの作品だそうです
南大門をくぐった左手には、ずらりと蓮の鉢が並んでいます。約200鉢もあり、様々な種類の蓮が夏の間咲き誇るのだとか。ピークの7月にまた見に来たいですね
「試みの大仏殿」は内部の撮影可能です
喜光寺の「本堂(重文)」は「試みの大仏殿」として知られているものです。これは、行基菩薩がこのお堂を参考にして東大寺・大仏殿を建てたという意味ですが、この本堂が戦禍で焼失し、室町時代に再建された際には、逆に大仏殿の10分の1サイズとしたのだとか。
外見からは二階建てに見えますが、大仏殿や薬師寺・東塔と同様に軒のように張り出した「裳腰(もこし)」がついているだけで、天井が高い単層になっています。ご本尊は2mを越す堂々とした丈六の「阿弥陀如来坐像(重文)」ですが、お堂全体が吹き抜けのように高くひらけているため、とても広々と感じます。
また、お寺の方に伺ったところ、喜光寺では写真撮影を許可なさっているとのことでした。仏様も目前にして、そのお姿をカメラに収められるというのは嬉しいことですよね。カメラ好きな方は、ぜひ行ってみてください。
喜光寺の「本堂(重文)」。行基菩薩がこのお堂を参考にして東大寺・大仏殿を建てたと伝えられていることから「試みの大仏殿」と呼ばれています。ただし、1499年に戦禍のため焼失しており、現在の本堂は1544年に再建されたものとなります
二階建てに見えますが、下側の軒は薬師寺・東塔のような「裳腰(もこし)」と呼ばれるもので、天井が高く作られています。上層には天窓があり、そこから光が差し込み、浄土信仰に相応しい雰囲気を生み出すのだそうです
室町時代に再建された際には、東大寺・大仏殿の10分の1サイズで建てられたとも伝えられているそうです
喜光寺の本堂内の様子。丈六(233cm)の阿弥陀如来坐像(重文)をご本尊とした阿弥陀三尊像が祀られています。お寺の方に確認したところ、写真撮影可能とのことでしたので、カメラ好きな方はぜひ!
本堂の面積はやや狭めに感じますが、天井が高くて気持ちのいい作りです。木材の幾何学的な配置も美しいですね。ローアングルから見上げると、その良さがますます強調されるようです
喜光寺・本堂のご本尊「阿弥陀如来坐像(重文)。平安時代の寄木造りの仏さまで、堂々としていながら優しい雰囲気です。蓮弁の金箔もはげてきていて、下に塗り込められていた経文が見えるようになっているのが迫力を感じました
脇侍の「観自在菩薩(観音菩薩)像」。南北朝時代のもので、像高は164cm
脇侍の「勢至菩薩像」。こちらも南北朝時代の作で、像高は161cm
ご本尊の前に置かれていた吉祥天の絵。薬師寺の「吉祥天女画像(国宝)」を参考にして描かれたもの。この日は1月8日の初薬師法要の日で、薬師寺でも同じようにご本尊の前に吉祥天の絵がありました
「行基菩薩坐像」もいらっしゃいました。唐招提寺所蔵の「行基菩薩坐像(重文)」を複製したものとのこと。小さな像も含めて3体ありましたが、全て行基さんでしょうか?
喜光寺・本堂の天井部分。吹き抜けといってもいいような高さで、とても美しいですね。四方に天窓が設けられていて、そこから光が差し込むのでしょう。素晴らしい空間でした
ご本尊の裏手には収められた写経を置くスペースがありました。また、裳腰の部分に上がれる梯子がかけられていました(もちろん立ち入り禁止です)
ひらがな入りの「いろは写経」体験も
喜光寺の本堂裏手には、小さな「弁天堂」があり、さらにその奥には真新しい「写経道場」があります。納経料2,000円で、ひらがな入りの「いろは写経」が体験できますので、お写経を始めてみたい方にはいいかもしれませんね。
また、境内には石川郎女の歌の万葉歌碑と、2010年10月に建てられたばかりの会津八一の歌碑もありました(参考:八一歌碑、奈良に相次ぎ誕生!―奈良市・喜光寺、斑鳩町・中宮寺)。
さらに、喜光寺の隣接地には、宮内庁が管理する土地がありました。石碑には「尊賞親王墓」という文字が見えたため、お寺の方とそこにちょうど居合わせた詳しい方にお聞きしたところ、興福寺の塔頭「一乗院」の墓地のようです(参考:奈良市菅原町・喜光寺の隣に陵? | OKWave)。興味のある方はお参りしておいてください。
喜光寺は、奈良市の中心部からは距離があるため、やや行きづらい印象があるお寺です。しかし、西ノ京駅方面から、唐招提寺・垂仁天皇陵・喜光寺・平城宮跡と歩くルートをとると立ち寄りやすいかもしれません。
弁天堂には、御前立の小さな弁天様が。ご本尊は秘仏の「宇賀神王」で、毎年7月下旬にのみ公開されるそうです。宇賀神さんは、頭部は老人、体は蛇という姿をとることが多く、奈良でお参りできる機会は多くありません。ぜひその時期にまたお参りしたいですね
本堂裏には、立派な「写経道場」が建っています。ここではかな文字で優しい「いろは歌」をお経にした「いろは写経」が行えます(納経料は2,000円。拝観料とお抹茶・お菓子代含む)。漢字ばかりのお写経よりも難易度は低めのようですので、お写経体験してみたい方にはちょうどいいでしょう
喜光寺の境内の一角にある石仏群。江戸時代のもので、不動明王や観音、地蔵など、計47体あります
1998年に建てられた万葉歌碑。石川郎女が詠んだ哀歌「大き海の水底深く思ひつつ裳引き平らしし菅原の里」が刻まれています。「奈良市に万葉歌碑を建てる会」の協力で、市内の第14基目になるそうです
こちらは会津八一の歌碑。2010年10月31日に建てられたばかりです。「ひとりきて かなしむてらの しろかべに 汽車のひびきの ゆきかへりつゝ」とあります
喜光寺の隣接地に宮内庁管理の土地がありました。「尊賞親王墓」などの碑が見えますが、ちょうど居合わせた詳しい方にお聞きしたところ、ここは興福寺の塔頭「一乗院」の墓地なんだとか。喜光寺は、中世までは一乗院に属していたためその関係なのでしょう
■喜光寺(清涼山)
HP: http://www.kikouji.com/
住所: 奈良県奈良市菅原町508
電話: 0742-45-4630
宗派: 法相宗
本尊: 阿弥陀如来(重要文化財)
創建: 721年
開基: 行基
拝観料: 500円
拝観時間: 9:00 - 16:30
駐車場: 無料
アクセス: 近鉄「尼ヶ辻駅」より徒歩10分(西大寺駅より徒歩20分)
※蓮の開花時期は6月下旬~8月上旬。7月中の土日は、午前7時から開門されています
※拝観料「300円」と表記されているサイトが多いですが、大人500円でした。南大門の再建に合わせて値上げしたのかもしれません