2015-03-13

一体型の十三重石塔!『国史跡 鹿谷寺跡』@大阪府太子町

一体型の十三重石塔!『国史跡 鹿谷寺跡』@大阪府太子町

大阪と奈良を隔てる「二上山」雌岳の南西側に、凝灰岩を切り出して作られた奈良時代の寺院跡『国史跡 鹿谷寺(ろくたんじ)跡』があります。日本では珍しい石窟寺院で、十三重の石塔、岩窟に彫られた三尊坐像の線刻などが遺っています。この石塔は、凝灰岩の岩盤の一部を削り残し塔にしたもの。パーツを積み重ねるのではなく、一体型だからすごい!さらに、雌岳山頂・岩屋・石切場跡と周ってきました。


二上山雌岳の南西側。古代の石窟寺院跡

大阪府と奈良県を隔ててそびえる「二上山」(にじょうざん)。古くは「ふたかみやま」と呼ばれ、雄岳・雌岳が連なる美しい姿から愛され続けてきました。

また、二上山は質のいい「凝灰岩」を産出することで知られており、雄岳の北東側にある「屯鶴峯(どんづるぼう)」(Wikipedia)のように、真っ白い山肌を見せているエリアもあります。

二上山の雌岳の南西側、大阪府南河内郡の太子町に位置する、国史跡『鹿谷寺跡(ろくたんじあと)』は、凝灰岩を切り出して作られた、奈良時代(8世紀ごろ)創建の石窟寺院跡です。十三重の石塔、岩窟に彫られた三尊坐像の線刻などが遺っています。

木の文化が発達した日本では、こうした石窟寺院の数は少なかったようです。中国大陸には数多く類例がみられるものの、日本で奈良時代にまでさかのぼるものは、二上山山麓以外は知られていないのだとか。とても貴重なものですね。


国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-02

奈良県と大阪府の境界となる「二上山」。大阪側にある、雌岳の麓の「二上山 万葉の森」駐車場から山道を10分ほど歩くと『国史跡 鹿谷寺跡』に出ます。ちょっとした岩場などもありますので、必ず動きやすい靴で向かいましょう

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-06
鹿谷寺跡の説明「この遺跡は、凝灰岩の石切場跡に作られた8世紀頃の寺院の跡です。寺の中心部は、石切場跡の尾根を幅10m程度南北に切出して造成されています。遺構としては凝灰岩製の十三重多層塔と浅い石窟に線刻された三尊坐像、及び、西側岸壁寄りの小岩塊に浮彫された仏立像一体があるのみです。十三重多層塔は、地山を掘り残して造成されたと伝えられています。また塔の南面には、舎利孔が穿たれています。石窟内の三尊坐像は、比較的保存状態もよく光背や衣の襞、蓮華座も認められます。」

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-04
高台から見下ろすとこんな感じ。正面に見えるのは二上山の雌岳で、その中腹に位置します。ほんの小さなスペースですが、古くはここから凝灰岩を切り出して、造成された平地なのだとか

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-03
鹿谷寺跡では、今なお十三重の石塔と、三尊坐像の線刻が彫られた岩窟があります。このスペースが、「尾根を幅10m程度南北に切出して造成されて」いるんですからすごい!古墳や石棺ように大量の凝灰岩が採取されていったんでしょう

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-05
現地にある、華やかだったころを想像して描いたイラスト。石塔と線刻の仏さまを僧侶や貴族らしき人たちが拝んでいます。周りは凝灰岩の石切場で、動物の姿や庭園らしきものまで見られます。どこまで現実的かは分かりませんが、二上山の石材の需要も大きかったでしょうし、このくらいの賑わいはあったんでしょうね


岩盤から掘り出して作った「十三重石塔」

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-07
鹿谷寺跡の「十三重石塔」。高さは約5mほど。日本では十三重石塔は数多く作られてきましたが、基本的にいくつものパーツを上へと積み上げて塔の形にしています。鹿谷寺跡のものは、大きな岩盤から塔を削り出しているため、1つの岩だけで出来ています!

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-08
真正面から。石を積み重ねたものでも、間を石膏などで埋めたものでもありません。大きな岩盤から、この塔だけを残して彫ったものです

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-09
塔の下部分にある「舎利孔」。ここに仏舎利などを祀っていたのでしょう

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-10
周りは桜の木のようです。春に開花したら見事でしょうね!

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-11
斜めから


「近つ飛鳥博物館」に復元模型があります

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-17
大阪府南河内郡の河南町にある「近つ飛鳥博物館」(紹介記事)では、ロビー部分に「鹿谷寺石塔復元模型」があります。写真は以前に撮影したもの。車で10分ちょっとの距離ですし、歩いても回れます

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-18
上からも見降ろせます。石塔のてっぺんの九輪、屋根の先端部分まで、彫られた当時の姿を復元しています。雨風にさらされて劣化してしまいましたが、見事なものだったことでしょう

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-19
復元模型の説明。凝灰岩の岩盤を削っていく過程で、その一部を削り残し、塔の形としたのだとか!大変な根気ですね。図の濃い茶色のところは、石塔が完成した後にたまった土砂。土の下にはちゃんと基壇も残っているようです。


保存状態のよい、石窟の線刻の三尊坐像

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-12
石塔の脇には、石窟があり、その壁に三尊坐像が線刻されています

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-13
屋根の部分が張り出しているので、比較的雨も凌げたのでしょう。比較的仏さまの姿も見やすくなっていて、肉眼では光背や衣のひだ、蓮華座などもほぼ分かります。ただ、この時間帯(15時ごろ)だと西日が影を作ってやや不明瞭ですね

国史跡鹿谷寺跡@大阪府太子町-16
鹿谷寺跡から少しだけ進んだところに展望台があり、大阪側が見晴らせます!PLの塔はもちろん、遠くにはあべのハルカスなども見えました!


「二上山・万葉の森」から雌岳山頂にも

二上山南西麓エリア@大阪府太子町-01
二上山・雌岳の南西麓に位置する「二上山・万葉の森」。見どころは他にもあります。それほど高い山ではありませんが、ちょっとした山登りになりますので、歩きやすい格好で出かけましょう(案内図の大画像

二上山南西麓エリア@大阪府太子町-20
万葉の森から鹿谷寺跡へ向かう途中にある石柱。仏さまの姿が刻んであったのか、石塔なのか。削った岩を置いたのではなく、岩盤からこの形を削りだしています。すごい!

二上山南西麓エリア@大阪府太子町-21
鹿谷寺跡から二上山雌岳方面へしばらく登ると、こんな展望台などがあります。大阪方面が見晴らせます

二上山南西麓エリア@大阪府太子町-22
二上山の雌岳(474m)の山頂。写真を撮りながらゆっくり進んで、万葉の森から鹿谷寺跡まで15分、雌岳山頂までさらに40分くらいでした。うちの奥さんは地元出身なので、雄岳には「岳のぼり」で登らされてきましたが、雌岳の山頂は初めてだったとか。地元の方もぜひこちらにも登ってみてください!


多層塔と浮彫りが遺る『国史跡 岩屋』

国史跡 岩屋@大阪府太子町-23
二上山にある『国史跡 岩屋』方面へ。巨大な「岩屋杉」が道をふさぐように倒れています。樹齢600年・高さ28m・幹周り5.8mという巨木ですが、1998年の台風によってこうなってしまったのだとか。後に二代目の岩屋杉が植樹されています

国史跡 岩屋@大阪府太子町-24
二上山の雌岳の中腹にある『国史跡 岩屋』。大小2基の石窟で、8世紀、奈良時代の築造だとか。當麻寺が所蔵している「當麻曼荼羅」は、中将姫がこの岩屋で織り上げたという伝承もあるとか

国史跡 岩屋@大阪府太子町-25
大石窟には、高さ3mの凝灰岩製の多層塔があります。北壁面には三尊立像の浮彫りもあるそうですが、ほぼ識別できませんでした。石窟の上部にくぼみがあるのは、木製の覆い屋を作ったためと考えられるとか


高松塚古墳にも用いられた『石切場跡』

石切場跡@大阪府太子町-27
岩屋の近くにある『石切場跡』。この一帯から切りだされた二上山産凝灰岩は、古墳時代の終末期に、明日香村・高松塚古墳、マルコ山古墳などの横口式石槨に用いられました。この他、古代寺院の基壇化粧石としても利用されるなど、盛んに利用されました

石切場跡@大阪府太子町-28
逆の角度から。よく観ると岩を切り出した痕跡のようなものもみられます。こんな山奥から巨石を切り出して、さらに遠くへ運び出すのですから、大変な労力だったでしょうね



■国史跡 鹿谷寺跡

HP: http://www.town.taishi.osaka.jp/kanko_info/rekishi_shiseki/rokutanjiato.html
所在: 大阪府南河内郡太子町山田
創建: 8世紀ごろ
駐車場: 無料駐車場あり
アクセス: 「二上山 万葉の森」駐車場から、山道を10分ほど


■参考にさせていただきました

河内名所図絵の二上山・鹿谷寺跡・岩屋 - 十三のいま昔を歩こう
二上山 鹿谷寺跡
石塔の旅・鹿谷寺跡


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