2017-05-15

茶礼祖・村田珠光の命日の法要『珠光忌』@称名寺(奈良市)

茶礼祖・村田珠光の命日の法要『珠光忌』@称名寺(奈良市)

わび茶の祖・村田珠光ゆかりのお寺「称名寺」。普段は見学・拝観などはできませんが、村田珠光の命日である5月15日に催される法要「珠光忌」の日だけは、本堂の仏さまを拝観できたり、茶室「獨慮庵(珠光庵)」を拝見できます。抹茶のお接待をいただいたり、千体地蔵の迫力に驚いたり!いいお参りができました!


称名寺(奈良市)の縁起など

奈良市菖蒲池町にある、わび茶の祖・村田珠光ゆかりのお寺「称名寺」。

創建は1265年のこと。興福寺の学僧であった専英、琳英の兄弟が、京都西山三鈷寺の澄忍上人とともに建立した常行念佛の道場が始まりとされます。

当初は興福寺の北に位置していたため「興北寺」と呼ばれていましたが、室町時代に現在地に移転。興福寺の別院として、四宗(浄土宗、法相宗、天台宗、律宗)兼学の寺として栄えました。東西400m、南北300mの寺域を有し、宮廷の祈願所にも定められていましたが、1704年の南都の大火で焼失。現在の本堂、茶室「独盧奄」は1764年に再興されたものです。現在は京都府長岡京市の光明寺を総本山とする「西山浄土宗」の寺院となっています。

わび茶を創始したとされる、室町時代の茶人「村田珠光(じゅこう。またはしゅこう)」(Wikipedia)は、現在の奈良市中御門町の生まれで、11才の時に称名寺の僧となっています。

後に一休禅師に師事し、茶禅一味の境地を開き、当時の華美だった茶道をあらため、敬と礼を重んじる「佗び茶」の基礎を確立。珠光が定めた礼式作法は、武野紹鴎、千利休を経て今日に伝わっています。

称名寺では、毎年5月15日の村田珠光の命日に「珠光忌」の法要が執り行われています。檀家寺のため通常は一般の参拝はできませんが、この日のみ、本堂の仏像・茶室「珠光庵」が特別に拝観できます。


『珠光忌』@称名寺(奈良市)-01

近鉄奈良駅の北西に位置する「称名寺」(山号:日輪山)。奈良女子大と奈良県立大学の間くらいの場所で、観光客もあまり訪れない静かなエリアにあります

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-02
毎年5月15日、茶礼祖・村田珠光の命日に催される法要「珠光忌」。普段は見学・拝観などはできませんが、この日だけは本堂の仏さまを拝観できたり、茶室「珠光庵(獨慮庵)」を拝見できます


御本尊は平安時代の3躯の仏さま

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-03
まずは本堂にお参りします。珠光忌の一般公開は「10:00-15:00」となっていますが、私たちは14時過ぎと遅めに到着してしまったため、かなり忙しなくお参りしてしまいました。

後から気づいたのですが、どうやら本堂の仏さまたちも写真撮影が許されていたようです。残念ながら写真はありませんが、テキストだけで簡単にご紹介しておきます。

称名寺のホームページに画像がありますので、そちらをご参照ください。)

●称名寺の須弥壇の中央には、小さめのお厨子に安置された、平安時代の「阿弥陀如来立像」がいらっしゃいます。真如法親王の姿を写した霊像と伝わり「光烟光佛」と称しています。しかし、こちらは秘仏で、珠光忌でも開扉されません。お姿が拝見できるのは、ご住職が交代する時のみだとか!

●両脇には、「弥陀如来」と「釈迦如来」(いずれも平安時代末期の作の坐像。重文)がおわします。いずれも堂々たる体躯で、ともに台座と光背が1796年に修理されて同じものとなっているため、雰囲気も似ているように見えますが、弥陀如来は穏やかで、釈迦如来はやや厳しい表情をしていらっしゃいました。もとは境内にあった東堂と西堂に祀られていたお像で、阿弥陀如来立像もふくめた3体が御本尊となっています。

●秘仏の光烟光佛のお厨子の前には、珠光忌の主役である、村田珠光の小さなお像がちょこんと祀られていました。奈良在住の彫刻家・吉川政治氏の作だとか。小さくて愛らしいです!


客殿で抹茶のご接待もいただけます

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-04
本堂の拝観のあとは、隣接する客殿で抹茶のご接待をいただきます。私もお茶の心得などありませんのでちょっと心配してましたが、気軽にいただけるもので助かりました

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-05
こんな茶道具一式がしつらえてあります。野点などにも使われるものかもしれません

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-06
お抹茶と茶席菓子(萬々堂さんのきび餅「もっとの」だとか)。とても美味しかったです!さらに、このお皿は参拝客への手土産として持ち帰ることができます!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-07
お茶碗は、奈良絵が愛らしい赤膚焼のもの。「珠光」の文字も入っています

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-08
外から眺めた客室部分。お庭の赤い野点傘と毛氈が目に鮮やかでした!


茶室「獨慮庵(珠光庵)」も特別公開!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-09
珠光忌には、境内にある茶室「獨慮庵(俗称:珠光庵)」も特別公開されます。村田珠光が京都に定住した後、称名寺に設けたもので、当初のものは火災により焼失してしまっています。現在のものは1800年頃の建築と考えられているとか

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-10
「獨慮庵(珠光庵)」の内部を、にじり口から見たところ。四畳半の落ち着いた空間です。現在の「茶室=渋いもの」という認識を確立した、わび茶の祖と言われるのが村田珠光ですから、まさにイメージ通りかもしれません

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-11
床の間には村田珠光を描いたお軸がかけられています。この床の間は、間口よりも内部が少し広くなった「洞床(ほらどこ)」という形式のもの。床の間の横側の壁は、写真中央の柱よりも左側にあります。正客が座った際に奥行きが感じられるよう、細やかな気遣いですね

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-12
にじり口の近く、天井から不思議な壁が見えます。じつはこれ、下に竹の棒などをはめ込んで部屋を仕切ることができる、取り外し可能のパーテションのようなものだとか。皇室の方がお見えになった際に茶室を三畳と一畳半に仕切り、お付きの方の控えの間として使ったのだそうです。珍しい作りです!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-13
奥の壁は曲面になっていて、少しでも広く見える工夫がしてあるとか。ご住職にご説明いただきながら拝見していたのですが、「あえて狭く作っておきながら、いたるところに広く見せる工夫をしている」とおっしゃられていたのが印象的でした

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-14
獨慮庵(珠光庵)の前にある石塔と珠光の碑。1502年の5月15日、80才で亡くなった珠光は、大徳寺真珠庵に葬られましたが、同年の7月には称名寺にも分骨され、ここに収められたと伝わっているそうです


多聞城で使われた「千体地蔵」も!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-15
称名寺の境内には、他にも見どころがいくつもありました。こちらは村田珠光のお手植えと伝わる「真竹(まだけ)」。「珠光竹」とも呼ばれ、茶杓などの茶器として愛用されました。境内の別の場所に植わっていたものをここに植え替えたのだそうです

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-16
境内にある「千体地蔵尊」。松永久秀が多聞城を築城する際に、城壁に用いられた石仏や墓石で、落城後に散乱していたところを、ここに合祀したのだとか。その数はなんと「約1,900体」!ものすごい数に圧倒されました!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-17
境内にはさまざまな石仏が集められています。丁寧に修復されたものも

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-18
また、由来は不明ですが、「歯痛地蔵」や「腰痛地蔵」などと称した石仏も祀られていました!

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-19
境内に咲いていたオオヤマレンゲ(っぽい)お花

『珠光忌』@称名寺(奈良市)-20
称名寺でいただいた御朱印。秘仏「光烟光佛」の文字と、石碑を模した印。一年でこの日しかいただけない貴重なものです。ありがとうございました!



■称名寺

HP: http://www.eonet.ne.jp/~syomyoji/index.html
住所: 奈良県奈良市菖蒲池町7
電話: 0742-23-4438
宗派: 西山浄土宗
本尊: 阿弥陀如来
創建: 1265年
アクセス: 近鉄奈良駅より徒歩約10分


■珠光忌

日時:毎年5月15日 10:00-15:00(法要は13時~)
拝観料: 1,000円(抹茶のお接待も含む)

※通常は一般の参拝はできません。毎年5月15日の「珠光忌」の日のみ、本堂の仏像・茶室「珠光庵」の特別拝観ができます
※参拝者用の駐車場はありますが、当日は混雑するため、他所の有料Pを利用するのが無難です
※珠光忌の際に撮影した画像やテキストなど、ブログやSNSにアップロードする前に、内容に間違いがないかなど、称名寺さんへメールなどで事前に確認してほしい、とのことでした(※この記事も内容を事前に確認していただいています)


■参考にさせていただきました

称名寺 阿弥陀如来・釈迦如来[奈良] | 訪仏線<ほうぶつせん>
村田珠光ゆかりの称名寺へ - 見仏(奈良)
珠光忌@奈良称名寺|奈良大好き主婦日記










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