2013-06-10

内山永久寺から移築された『出雲建雄神社拝殿』@石上神宮

内山永久寺から移築された『出雲建雄神社拝殿』@石上神宮

天理市にある古社『石上神宮』は、廃仏毀釈によって廃絶した「内山永久寺」と繋がりの深いお社です。ここから移築した『出雲建雄神社拝殿』は、建物の中央が「馬通(めどう)」と呼ばれる土間になっている貴重な建築物で、国宝に指定されています。内山永久寺の痕跡を見てきました。


伊勢神宮と並んで「神宮」と記された古社

天理市布留町にある『石上神宮』(いそのかみじんぐう)は、日本書紀に伊勢神宮と並んで「神宮」と記されたほどの歴史ある古社です。

ご神体の「布都御魂剣」(ふつのみたまのつるぎ)と、「七支刀」(しちしとう、ななつさやのたち)という剣を祀っており、軍事を司った古代豪族「物部氏」が祭祀し、大和政権の武器庫としての役割も果たしてきたと考えられています。


私たちはこれまでにも何度もお参りしていますが、この日は石上神宮の神宮寺として栄え、一時は「西の日光」とまで呼ばれる規模を誇りながら、明治の廃仏毀釈で廃絶してしまった寺院『内山永久寺』(Wikipedia)の名残りを探しに来てみました。

内山永久寺の創建は1114年のこと。石上神宮の神宮寺として、また興福寺大乗院の末寺として繁栄し、近世には大和国内でも東大寺・興福寺・法隆寺に次ぐ規模でした。しかし、廃仏毀釈によって寺領を没収され、僧侶は石上神宮の神官となり、堂宇は焼き払われたり、寺宝は切り売りされるなどして散逸しました。

内山永久寺から石上神宮に移されたのは、摂社「出雲建雄神社」(いずもたけおじんじゃ)の本殿と、その「拝殿」(国宝)です。


出雲建雄神社拝殿@石上神宮-01

天理市の6世紀創建と伝わる古社『石上神宮』の楼門。古くは伊勢神宮とともに「神宮」と呼ばれたほど高い社格を誇りました。神宮寺だった「内山永久寺」とは約800メートルほどの距離ですから、散策するのにちょうどいいですね

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-02
石上神宮の建物の一段高いところに、摂社「出雲建雄神社」の本殿が建っています。こちらも歴史ある「延喜式内社」で、草薙剣の荒魂(あらみたま)である「出雲建雄神」をお祀りしています


割拝殿形式の国宝建築物『出雲建雄神社拝殿』

石上神宮の摂社「出雲建雄神社」の向かいに建っているのが、国宝『出雲建雄神社拝殿』です。建物は桁行5間。中央の1間分を土間の通路(馬通。めどう)とした「割拝殿」という形式です。

もとは、内山永久寺の鎮守の住吉社の拝殿だったもので、この図にも、本堂の脇に特徴的な姿が見られます。1137年建立で、その後2回ほど改築され、現在のものは14世紀初頭くらいのもののようです。

内山永久寺は、廃仏毀釈によって明治9年(1876年)に廃絶してしまいます。住吉社の本殿は、明治23年(1890年)に放火によって焼失。拝殿だけが荒廃して残されていました。その後、わずか「75円」で売りに出され、大正3年(1914年)に、現在の石上神宮境内へと移されました。

本来は、中央の馬通を通り、その奥の本殿へとお参りするのですが、現在は本殿と対面する形になっていますし、当然のように立入が禁止されています。いつの日か、本来の姿に戻るといいですね。


出雲建雄神社拝殿@石上神宮-03

出雲建雄神社と対面して建っている、国宝『出雲建雄神社拝殿』。桁行5間で、中央の1間分が土間の通路になっています。その通路の先は、現在は何もありません

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-04
展示してあった名所図会の写し。堀田里席によって19世紀初頭に描かれた「和州内山永久寺之図」のようです(フルサイズ画像はこちら

内山永久寺跡@天理市杣之内町-05
名所図会のアップ。奥の本堂の脇に、中央が馬通になっている拝殿が描かれています。その上に「鎮守」の文字がありますが、これが住吉社でしょう

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-05

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-06

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-07

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-08

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-09
下から側面を見上げたところ


万葉歌「おとめらが 袖振山の 瑞垣の…」

おとめらが 袖振山(そでふるやま)の 瑞垣の
久しき時ゆ 思ひき吾(われ)は
柿本人麻呂 万葉集 巻4-501
乙女が袖を振る、その布留山(ふるやま)の瑞々しい垣根が大昔からあるように、ずっとずっと前から、私はあの人のことを思ってきた


後から気づいたため写真がありませんが、石上神宮の「大鳥居」の脇に、柿本人麻呂の歌を刻んだ『万葉歌碑』が立っています。1968年に建立されたもので、高さ2.3m、横1.4m。、内山永久寺の北門跡にあった敷石が用いられているそうです。こんなところにも内山永久寺の痕跡があるんですね。

ちなみに、歌に登場する「ふるやま」は、石上神宮の背後にある、標高266mの神奈備の山「布留山」のことでしたが、それが転じて石上神宮自体を指す言葉になりました。「山中には岩石からなる磐座(いわくら)が現存しています。」とのことですから、いつか拝見してみたいですね。


神の使いの鶏が歩く、神さびた神域です

そんな石上神宮の写真を何枚かご紹介しておきます。境内には「神の使い」とされる鶏たちが歩き、いつも神域らしい神さびた空気が感じられます。

古代豪族・物部氏のこと、拝殿の奥にある禁足地のこと、不思議な形をした刀・七支刀のこと、無くなったしまった神宮寺・内山永久寺のことなど、色んな歴史が詰まった神社ですから、ぜひお詣りしてみてください!


出雲建雄神社拝殿@石上神宮-10

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-11

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-12

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-13

出雲建雄神社拝殿@石上神宮-14



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■石上神宮(いそのかみじんぐう)

HP: http://www.isonokami.jp/
住所: 奈良県天理市布留町384
電話: 0743-62-0900
主祭神: 布都御魂大神
創建: 570年(伝)
拝観料: 境内自由
駐車場: 無料駐車場あり
アクセス: JR・近鉄「天理駅」から徒歩30分ほど


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