2013-06-10

失われた大伽藍が偲ばれる『内山永久寺跡』@天理市

失われた大伽藍が偲ばれる『内山永久寺跡』@天理市

2014年に「創建900年」を迎える、廃仏毀釈によって廃絶した「内山永久寺」。天理市杣之内町の、山の辺の道沿いにその跡地『内山永久寺跡』があります。遺っているのは本堂池といくつかの碑のみ。かつては大規模な堂塔が立ち並んだ場所ですが、その名残りすら感じられないほどです。ぜひ現地で幻の大寺院の姿を思い浮かべてみてください!


石上神宮の神宮寺『内山永久寺』とは?

「西の日光」とまで呼ばれるほどの大寺院でありながら、明治時代の廃仏毀釈によって廃絶してしまった寺院『内山永久寺』(Wikipedia)。500メートル四方の寺域に40以上の堂塔が立ち並ぶ、大和の国でも有数の規模を誇っていましたが、天理市杣之内町(そまのうちちょう)の跡地には、本堂池と碑があるのみ。すっかり寂しい状態になっています。

内山永久寺の創建は1114年のこと。石上神宮の神宮寺として、また興福寺大乗院の末寺として繁栄しました。近世には、大和国内でも東大寺・興福寺・法隆寺に次ぐ規模でした。しかし、明治時代の廃仏毀釈の流れに飲まれ、寺領を没収されて廃寺となってしまいます。僧侶は石上神宮の神官となり、堂宇は焼き払われたり、寺宝は切り売りされるなどして散逸しました。

そんな内山永久寺は、2014年の「創建900年」を記念して、天理市役所の1階で『内山永久寺 復元模型』を展示を行なっています(2014年3月まで)。


その天理市役所から20分ほど東へ歩くと、山の辺の道沿いに『内山永久寺跡』にたどり着きます。まさにジオラマで再現されたその現場ですが、今では、本堂前にあった池と、いくつかの碑が遺されているのみで、物悲しい雰囲気が漂っています。


内山永久寺跡@天理市杣之内町-01

山の辺の道に立っている案内。内山永久寺は「石上神宮」の神宮寺だったお寺であり、距離も700メートルしか離れていません。ぜひ合わせて散策してみてください

内山永久寺跡@天理市杣之内町-02
内山永久寺跡には、昔の名所図会から写した看板と、簡単な説明書きがあります。この図は、19世紀初頭の「和州内山永久寺之図」のようです(フルサイズ画像はこちら)。数多くの堂塔が立ち並んでいたことが分かります

内山永久寺跡@天理市杣之内町-03
この看板の前には、ただ池が広がるばかり。石碑は3つほど建っています。周りは畑ばかりののどかな場所になっています

内山永久寺跡@天理市杣之内町-04
別のアングル。山の辺の道沿いだけに、道は多少整備されていますが、かつて大寺院があった場所だとはとても思えませんね

内山永久寺跡@天理市杣之内町-05
先ほどの名所図会のアップ。手前の池を囲む回遊式庭園になっていたそうです。隣接して、灌頂堂や大塔が、その奥には本堂がありました。今では面影もありません

内山永久寺跡@天理市杣之内町-06
「永久寺跡」の説明書き。「永久年間(1113~7)に建立された寺で鳥羽天皇の受戒の師であった亮恵上人の開基と伝えられています。本尊は阿弥陀如来で石上神宮の神宮寺として盛時には大伽藍を誇っていたと伝えられています。その後寺勢がおとろえ、明治の廃仏毀釈で廃寺となって、いまはわずかに池を残すだけで歴史のきびしい流れを感じさせられます。」

内山永久寺跡@天理市杣之内町-07
説明看板の少し脇には「後醍醐帝 萱御所跡」の碑があります。先ほどの名所図会の中にも「後醍醐帝 萱ノ御所 旧跡」と記されていた場所です。南北朝の混乱期に、後醍醐天皇が京都から吉野へ落ちのびる途中で滞在したのだとか。その当時はまだ見事な伽藍が広がっていたのでしょう

内山永久寺跡@天理市杣之内町-08
東側に少しだけ本堂池に張り出している部分があり、その先にも碑が建っています。草薮になっているのでお気をつけください!

内山永久寺跡@天理市杣之内町-09
「内山永久寺記念碑」とあります。おそらく明治21年(1888年)に建てられたもののようです。その頃にはまだ内山永久寺が解体された名残りもあったのかもしれませんね

内山永久寺跡@天理市杣之内町-10
そしてもう一つ、池の北側に看板と碑があります。これは松尾芭蕉の句碑で、まだ出生地の伊賀上野に暮らしており、「宗房(むねふさ)」と号していた時の作品だとか

内山永久寺跡@天理市杣之内町-11
「うち山や とざましらずの 花ざかり」宗房。 句意「今、内山永久寺に参詣してみると、見事なまでに満開の桜でうめつくされている。土地の人はこの桜の花盛りをよく知っているのであろうが、外様(よその土地の人々)は知るよしもないのである」。今もこの池の周りには桜が植えられていて、春になると見事に咲き誇るそうです

内山永久寺跡@天理市杣之内町-12
そんな池の西側は、当時は内山永久寺の表玄関だった「西門」があった方面ですが、その気配はまったくありません。別の溜池と畑があるのみです



より大きな地図で 内山永久寺跡 を表示


■内山永久寺跡

HP: 参考サイト(Wikipedia)
住所: 奈良県天理市杣之内町
駐車場: なし(路肩に停めるスペースはあります)
アクセス: 石上神宮から徒歩10分ほど


■参考にさせていただきました

内山永久寺跡
大和内山永久寺多宝塔


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 【失われた大伽藍が偲ばれる『内山永久寺跡』@天理市】へのコメント
匿名  13-06-18 18:33

偲ぶ

naka  13-06-18 19:52

>名無しさん

ご指摘ありがとうございました!
タイトルから何から、「偲ぶ」ではなく「忍ぶ」になってましたね…。赤面しながら修正させていただきました。感謝です!





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