
岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎 (文春新書)
数奇な生涯を送った絵師。退廃的な「山中常盤物語絵巻」がすごい!新書版で読みやすいです
数奇な人生を送り、退廃的な艶かしい作品を残した「岩佐又兵衛」の解説書。今から40年以上も前に『奇想の系譜』を出版し、伊藤若冲・狩野山雪・曾我蕭白・長沢芦雪・歌川国芳などを世に知らしめた辻惟雄さんの著作で、この面々から遅れた感のある又兵衛について、改めて真っ向から取り上げています。
この本は、文藝春秋社の新書版シリーズ・文春新書の一冊で、サイズが小さめのため、明らかに美術書には不向きな体裁だといえるでしょう。しかし、本書は冒頭から又兵衛の作品をフルカラーのどアップで掲載したりしていて、本当に読みやすいですね。文中に作品が登場した場合でも、そのすぐ次のページには作品写真が掲載されていたりするのもいいですね。そんな当たり前のことが出来ていない本も少なくないので、そういった点でも評価したいと思います。
説明文:「母を信長に殺されて、数奇な生涯を絵筆に託した謎の天才、岩佐又兵衛。江戸初期の生命力と退廃美をきわめた絵師の妖しい魅力を、日本美術の権威・辻惟雄が読み解く。」
岩佐又兵衛は、今でこそ名前を忘れられかけていますが、一時は「浮世又兵衛」と呼ばれたほどの人気作家でした。浮世絵の元祖というと、今では菱川師宣とされていますが、そのさらに先の時代の浮世絵の元祖と位置づけられるほどです。
出自から変わっていて、戦国武将の荒木村重の子であり(漫画『ひょうげもの』に親子とも登場しています)、父が信長に反旗を翻したため、又兵衛の母は処刑されてしまいました。その後、中央を離れ越前に長く住まい、たくさんの作品を残したと伝えられています。
彼の作品の中で、圧倒的な迫力を感じさせるのは、MOA美術館所蔵の「山中常盤物語絵巻」(重文)でしょう。母を盗賊に惨殺された源義経がその敵を討つシーンが描かれていますが、常磐の黒髪を手に巻きつけておいて胸を刀で刺し貫くさまは、退廃的で俗悪です。ニヤリと笑った男の表情、血の気の失せた女の姿など、ゾクッとしますね。感受性豊かなころにこの作品に出会っていたら、怪しげな性癖が目覚めてしまったかも…と心配になるほどですw
これを筆頭に、岩佐又兵衛の筆と見られる作品群が紹介されていきますが、辻先生はそれら「又兵衛風絵巻群」について、誰の筆によるものかを判定していっています。
例えば、「山中常盤物語絵巻」は、又兵衛を中心に作られたが、後半は工房の者によって描かれたもの、残欠本「堀江物語絵巻」は又兵衛自身の作ではないが、又兵衛作の手本があった可能性はあるなど、判定していっています。そして、以前に辻さんが「又兵衛の作ではない」と断じていた「船木屏風」も、本書でははっきりと岩佐又兵衛の作品としていらっしゃいました。
私自身は、この本を読み終わった後でも、長沢芦雪や伊藤若冲らに比べると、まだそれほど熱中できない感はありました。そういった点を判断するにも最適な内容ですから、興味のある方はぜひ!