万葉集からみる「世界」 (新典社新書)
万葉文化館・井上さやかさんのご著書。マニアックな歌も親しみやすく解説してくれます
奈良県立万葉文化館の主任研究員・井上さやかさんのご著書です。第一部「万葉歌の愉しみ」は万葉文化館の館内誌『よろずは』への連載記事を、第二部「古代への憧憬」、第三部「現代を写す鏡」も、他の媒体へ発表済みの文章の再録です。しかし、決してまとまりのない印象はなく、読みやすい短文の連続でとても楽しめました。
説明文:「人々の恋愛観・天皇の日常・大都市の様相…など、万葉集には遠い時代のきらきらしい「世界」が詰まっている。歌一首一首を愉しみ、その文化に憧憬し、さらには現代を写す鏡のような事象を見いだしながら、万葉集から広がる多様な世界の切り口と垣間見の仕方をご案内。」
万葉集好きな方ばかりが読む媒体に発表した文章が下地になっていますから、取り上げる歌もかなり渋いものが揃っています。第一章の冒頭から「あらたまの 年の緒長(おなが)く かく恋ひば まことわが命 全(また)からめやも」(12巻-2891 作者未詳)という、誰が詠んだか知られていない恋の歌から始まります。見開き2ページでテンポ良く解説されていくので、とても読みやすいですね。
もちろん、柿本人麻呂や志貴皇子などの有名歌人の歌も取り上げられていますが、約4500首もある万葉歌の中でも、私などがあまり観たことがなかったものも多く紹介されているのが楽しいですね。
●「物皆(ものみな)は 新しき良し ただしくも 人は旧(ふ)りにし 宜しかるべし」(巻10-1885 作者未詳)
(大意:物はすべて新しいのがよい。ただしかし、人間だけは老人こそがよいにちがいない)
この歌などは、他の万葉の歌とは違い、やや教訓めいています。数から言えば恋の歌が圧倒的多数ですが、こんなタイプのものもあるのかとちょっと意外に思いました。
●「いざ子ども 早く日本(やまと)へ 大伴の 御津(みつ)の浜松 待ち恋ひぬらむ」(巻1-63 山上憶良)
貧窮問答歌で有名な山上憶良が、宴会の最中にみなに「早く日本へ帰ろう」と呼びかけた歌。つまり、遣唐使として唐に滞在中の作品で、万葉集の中で唯一海外で詠まれた歌なのだとか(※阿倍仲麻呂の有名な「天の原 振りさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」の歌は古今和歌集に収められたもの)。こんな色んな歌と出会えます。
また、文中で井上さんは、万葉の研究者としてこんな心構えを披露しているのも興味深かったです。
私自身も、現代人としての勝手な思い入れから古代を古き良き時代という幻想の中に捉えないように、また逆に進化論的な発想から古代人は単純素朴であるという先入観を持たないように、常に意識しながら読もうとしているつもりです。
126ページ「古代のコスモポリタン」より
さまざまな角度から万葉集の世界に深入りできる内容です。新書ですからそれほどページ数もありませんので、気軽に手にとってみてください!