筒井順慶 (新潮文庫)
表題は筒井康隆さん1969年の中編。史実とフィクションを交えて描く二重構造がユニーク!
1968年に「週刊文春」に連載された中編作品を収録した作品集。社会風刺を込めたドタバタSFを手がけていた筒井康隆さんが、筒井家の末裔と称し、後の時代に「日和見順慶」と優柔不断の代名詞とされた筒井順慶の姿に迫ります。
真っ向からのルポではなく、SF作家・筒井を主人公に、その取材の成果を語らせながら、ドタバタした事件に巻き込まれていく姿を描いていきます。ここで解き明かされる筒井順慶の姿は基本的には史実に基づいており、そのルポを完成させるまでの作者の姿をフィクションとして描く、二重構造になっているのがユニークでした。
説明文:「SF作家のおれのところに歴史小説の依頼がきた。しかもおれの先祖であるらしい。洞ヶ峠の日和見で悪評高い筒井順慶を書けというのだ…。型破りの発想で小説のジャンルの壁を破壊した表題作。芸能プロのグロテスクさを際立たせた「あらえっさっさ」、連続殺人犯に群がり利用するマスコミの本質を突いた「晋金太郎」、新宿騒乱事件を戯画化した「新宿祭」。初期の力作4編を収める。」
戦国時代に大和の国を治めた「筒井順慶」は、若い頃は松永久秀と争い、後に織田信長の傘下に。本能寺の変で、親密な関係にあった明智光秀が信長を討つと、光秀からの加勢要請を受けますが、態度を決めかねて、洞ヶ峠に陣取ったまま事態が終息するのを待った……というエピソードが広まっています。このため「日和見(ひよりみ)主義」の代名詞として筒井順慶の名前が挙げられたりします。
しかし、実際には、洞ヶ峠に陣取っていたのは光秀で、後の時代に歪曲された出来事なのです。筒井家の菩提寺である、奈良市・伝香寺では、今でも定期的に筒井家の末裔の集まりがあるそうです。祖先に対する謂れ無き汚名について、ずっと苦慮なさっているんでしょうね。
この作品では、そうした事実を資料に当たり、関係者の証言を聞きながら調べていきます。じつは今から数十年前、文庫化された当初に読んでみたことがありましたが、奈良の歴史について知識もなかった私には、ややこし過ぎてまったく理解できずに投げ出した記憶があります。
当時の筒井康隆さんは、風刺の効いたSF的大衆小説を続々発表していたころですから、あまりにも毛色が違った作品で、当時の私はついていけなかったんですね。
しかし、基本的な知識が身についた今、改めて読み返してみると、なかなか楽しめました。筒井順慶という人物と歴史を知るには、適度なテキストだと思います。
ただ、こちらはもう絶版になっているようで、電子書籍化などもされていないようです。ネットで中古本を見つけるか、奈良であれば古本屋さんに格安で並んでいると思いますので(私は50円で購入してきました)、ぜひ探してみてください。
なお、「あらえっさっさ」「晋金太郎」「新宿祭」の3本も収録されていますが、時代性の強い内容ということもありますが、(表題作もふくめて)筒井康隆さんの作品の中ではあまり面白いものだとは言えません。あまり期待せずに探してみてください!