往生要集―地獄のすがた・念仏の系譜 浄土への往生を苛烈なまでに求めた時代と人びとの心 (NHKライブラリー)
恵心僧都源信の『往生要集』の解説本。極楽往生には念仏しかないと。やや難解でした
平安時代末期、奈良県香芝市で生まれ、比叡山へ隠遁した僧「恵心僧都源信」が著した『往生要集(おうじょうようしゅう)』の解説本。往生要集は、壮絶な地獄の様子を事細かに書き記したことで知られており、ダンテの『神曲』と並び称されています。これをもとに描かれた地獄絵を解説する本は何冊か読んできましたが、その原典に当たるつもりでこの本を手に取りましたが、なかなか難解でした。
説明文:「日本仏教と文化に大きな影響を与え、鎌倉新仏教の台頭を促した『往生要集』とは。華麗なまでに描写された地獄の様相、浄土への往生を求める人びとのすがた、臨終の行儀、念仏往生の心得など、時代が求めたその思想を探り、現代的意義を明らかにする。」
世が乱れると信じられていた末法(1052年)が近づき、不安が広がる中、源信は「極楽往生するためには、一心に仏を想い念仏をあげるほかない」説き、現代へと続く浄土教の基礎を創った人物です。往生要集は全3巻からなっており、過去の160余りの仏典の中から、1000近くに及ぶ極楽往生に関する引用文があるそうです。往生についての集大成という意味合いも強いのだとか。
地獄など六道を描いた部分が有名ですが、全体の20%程度に過ぎないのだそうです。死後の世界を克明に描いているのも、もちろん普段から念仏を唱える重要性を説くためのものです。穢れた俗世から離れること、極楽浄土を求める心持ち、さらに念仏の唱え方、功徳、修行のことなどが描かれています。全体のボリュームを考えると、決して地獄の恐ろしさを説いただけの書ではないんですね。
しかし、厭うべき穢れた地獄と人々が憧れる浄土は、とても対照的に描かれていながらも、それぞれの世界は決して隔絶したものではなく、地続きという印象です。人はちょっとしたことで地獄へも行ってしまうし、その逆もあり得るというのが印象づけられています。それをより確かなものへ近づけるためにも、普段から念仏を唱えることが必要とされているんですね。
往生要集では、現代の人間も意識すべき「どのように死ぬか」を説いた書であるとも言えます。死を目前にしたら、取り乱さずに心安らかに極楽浄土へ召されると信じられることが重要なのでしょう。
本書では、筆者が取り上げた部分を、原典・現代語訳・解説というセットで紹介しています。解説は平易なのですが、それでも仏教用語などが頻出しますし、難解な部分も少なくありませんでした。1988年にNHKラジオで放送された内容をもとに1998年に発売された本で、おそらくもうなかなか見つからないかもしれませんが、往生要集に関する書籍は多数見つかると思いますので、また手にとってみたいと思います。