男の隠れ家を持ってみた (新潮文庫)
安アパートを借りて新しい人間関係を築こうともがいた奇妙なルポ。色っぽい話は一切ナシ!
フリーランスのライター「北尾トロ」さんが、自宅の近くに安アパートを借りて、そこで新しい人間関係を築こうともがいたルポ。2005年ごろの雑誌連載の記事をまとめたもので、2008年に文庫化されています。企画自体、最初から完全に破綻しているようなものなんですが、おっさんがジタバタする姿が妙に面白くて、最後まで一気に読み終わりました。
説明文:「家庭に不満はない。仕事もまあ順調である。でも、このままでいいのだろうか。男性の多くが感じるだろう漠然とした不安をぼくも抱いていた。そうだ、知らない町で、自分を見つめなおしてみよう。ぼくは、馴染みのない駅で降り、あるアパートの一室を“男の隠れ家”として借りることにした。仕事場と自宅、そして隠れ家を行き来する生活が始まった。笑えてしみじみ、北尾トロの真骨頂。」
この企画のキモは、「ライターが取材のためにやるのではなく、あくまでも個人としてやる」ということでしょう。後から書く原稿を面白くしようと思った途端にリアリティは失われ、ただの秘密の取材になってしまいますから、あくまでも個人として行動する必要があります。
しかし、職業を離れて、知らない町で他人と知り合いになったりするのは、よく考えてみたらとても難しいことなんですね。今であれば、まずはmixi・Twitter・FacebookなどのSNSで知り合いになって人間関係を築いていけますが、この企画ではあくまでも借りた部屋が中心のため、そんな方法も使用しません。
挨拶だけのお隣さんと仲良くなることを期待してみたり、ほとんど飲めないのに近くの飲み屋へ行ってみたりと、その町での足がかりになるような人との出会いを求めて、滑稽な努力が続けられます。
タイトルこそ「男の隠れ家を持ってみた」ですが、女性を連れ込んだりするような展開にはまったくなりません。それどころか、アパートにはテレビや布団すら無い(寝袋を使用)ような環境です。この何も無い感じが逆にいいんですね。そこで何をする訳でもなく、何が起こる訳でもないという感覚は、今となってはなかなか体験できないでしょう。
この試みが少しは実を結ぶのかどうかは、本書を読んでご確認ください。なかなか不思議な読後感がありますよ。
なお、トロさんは、この後にオンライン古本屋の営業を休止して、「季刊レポ」というミニコミ誌的なものを創刊なさったり、さらには松本への移住を実現したりしています!この時の体験も少しは役立っているのかもしれませんね。