発掘捏造 (新潮文庫)
2000年に発覚した「旧石器捏造事件」。スクープの裏側を記した迫真のドキュメンタリー
2000年に考古学会を震撼させた「旧石器捏造事件」(Wikipedia)。神の手を持つと呼ばれた研究者・藤村新一氏(Wikipedia)が、発掘現場に自ら埋めておいた石器を掘り出し、日本の前・中期旧石器の研究結果を大きく混乱させた事件です。その事実をスクープした毎日新聞の取材班による取材記録と事件の顛末を詳細を記した一冊で、迫真のドキュメンタリーになっています。
この事件が発覚したのは、2000年11月のこと。その直前に起こった雪印乳業の集団食中毒事件で世間がざわついているタイミングであり、同じ年の2月には、明日香村の亀形石造物が発見されて考古学会が盛り上がっていたそうです。私自身はこの時は考古学などへの興味も無かったので、旧石器捏造事件について「そんなこともあるよな」としか思っていませんでしたが、改めてこういった本を読んでみると、その当時の異常さが浮かび上がってきます。
説明文:「「あっ、埋めている!」二〇〇〇年十月二十二日早朝、ひとけのない宮城県上高森遺跡の発掘現場で撮影された驚愕ビデオ。考古学界はもとより、日本中の話題をさらったこのスクープはいかにして生まれたのか。「神の手」と呼ばれた男「F」の疑惑を追って極秘取材が始まる。張り込み、隠し撮り、また張り込み。粘り強い記者たちの執念と息詰まる取材現場のすべてをお届けする―。」
藤村氏の偽りの発見によって、81年に4万年ほど前の石器が発見されて以降、日本の歴史は20年足らずで70万年前までさかのぼり、教科書を書き換えるほどの大発見が連続していたのだそうです。重要な石器を発見するのは常に藤村氏であり、彼が帰った後には何も出土しないというのですから、全体が見えてしまった今となってはその怪しさに気付きますが、「彼の地形を読む目がすごい」などと崇められ、懐疑的な意見すら少なかったというのですから異常です。
もちろん、こうなった事情はあったにせよ、過去イギリスで同じような偽装事件「ピルトダウン事件」(人間とオラウータンの骨を用いた偽装。1912年に発掘され、偽装が発覚したのは1950年代になってからだった)なども起こっていたのですから、ますます不思議に思います。
そんな事件を追いかけた取材班ですが、その中心となってスクープを追った張本人たちの証言だけに、描写のリアルさがすごいですね。タレコミがあった最初の現場では上手く機材が作動せず、証拠写真の撮影に失敗していたのだとか。次の現場は民家が近すぎて撮影ポイントが見つからず、3ヶ所目まで追いかけて、しかも何名ものスタッフがずっと張りこんで、ようやく証拠となる画像とビデオを撮影できたそうです。
本書では、納豆の行商をしながら発掘に打ち込み、岩宿遺跡を発見したアマチュア考古学者・相沢忠洋さんが、当時の学会から重くみられなかったこと。考古学会全体が予算も少なく、土地の開発が優先されるため、十分に発掘結果が検証されない「発見第一主義」に陥っていたことなどを紹介しながら、この事件の本質に迫っています。
当時のニュースを丁寧に追わなかった私のような人間には、手に汗握るドキュメンタリーでした。興味がある方はぜひ!