
2019-03-06
倭の五王 - 王位継承と五世紀の東アジア (中公新書)
倭の五王(讃・珍・済・興・武)が使者を派遣した意図は?当時の国際情勢から読み解いた一冊
倭の五王 - 王位継承と五世紀の東アジア (中公新書)
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河内 春人
中央公論新社
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3世紀の「魏志倭人伝」の時代から途絶えていた中国への使者派遣を、5世紀になって復活させた倭の五王。どのような時代背景で、どのような狙いがあって行われたのかを読み解いた一冊。
資料が少なく手探りではありますが、東アジアの情勢を見ながらだと流れが理解しやすいですね。飽きることなく読み終えました。
倭の五王とは、中国史書『宋書』倭国伝に記された讃・珍・済・興・武を言う。邪馬台国による交信が途絶えてから150年を経て、5世紀に中国へ使者を派遣した王たちである。当時、朝鮮半島では高句麗・百済・新羅が争い、倭もその渦中にあった。本書は、中国への“接近”の意図や状況、倭国内の不安定な王権や文化レベル、『古事記』『日本書紀』における天皇との関係などを中国史書から解読。5世紀の倭や東アジアの実態を描く。
「内容紹介」より
「倭の五王」に関しては、歴史の教科書に必ず登場するほどですが、いまだに確定していません。代表的な意見では、讃(=16代・仁徳天皇)、珍(=18代・反正天皇)、済(19代・允恭天皇)、興(20代・安康天皇)、武(21代・雄略天皇)としています。
このうちの、讃が初めて使者を派遣したのは421年、最後の武の遣使は478年と、わずか半世紀ちょっとのことに過ぎないのだとか。古事記と日本書紀の記述にも完全な信憑性を置けないこともあり、その実像は曖昧模糊としています。
こうした難問に対して、その直前のアジアの国際情勢から始まり、五王の時代の情勢、記紀の天皇とどう一致するのか(もちろん明快な結論は出ませんが)などを論じていきます。
私自身は古代の東アジアの政治的な動向は把握していませんでしたので、その流れを知っただけでも理解が深まりました。この時代を論じた他の書籍も探してみたいと思います!