
キサキの大仏
大仏建立に邁進した聖武天皇と光明皇后の夫婦の物語。甘すぎず固すぎず面白い小説です
2012年11月に発売された、聖武天皇と光明皇后を主人公とした小説。著者は中世文学を研究してきた方で、歴史物の小説を発表している方です。知名度も低く、歴史的な資料も少ない天平時代の朝廷を描いていますが、さすが描写もしっかりしていますね。最後まで楽しく読めました。
説明文:「内憂外患の渦巻く天平時代、皇族以外からの初の皇后という重圧に耐えながら、悩む夫を支え、大地震による工事中断を乗り越え、巨大モニュメントの建立によって人々の心に希望の灯をともした女性がいた!奈良・東大寺大仏が秘める聖武天皇と光明皇后夫婦愛の物語。」
この時代のお話となると、天智天皇・天武天皇・持統天皇の世代のものはいくつか見かけますが、その3世代ほど下った首(おびと。後の聖武天皇)と安宿(あすかべ。後の光明皇后)、その娘の阿倍(後の孝謙女帝)の時代を真っ向から描いた小説は初めて読みました。
歴史的な評価では、聖武天皇は、不可思議な遷都を繰り返し大仏造立を強行した人物であり、光明皇后は、藤原氏の差し金で立后され一族の反映のために裏で糸を引いた人物などとされることが多いでしょう。いずれも暗愚ではないものの、神経が弱く頼りなく語られがちです。
本作では、聖武天皇と光明皇后の時代を、この夫婦の絆を中心に見事に描いています。決して甘いメロドラマにはせず、逆に重い歴史小説にもせず、素晴らしいバランスですね。
長屋王の変、藤原四兄弟の病死、藤原広嗣の乱、度重なる遷都、大仏建立の頓挫、新薬師寺の創建など、歴史上の大きなエポックがあります。例えば九州で藤原広嗣が挙兵した時などは、はるか遠方の戦でもあり、また自らの血縁者(光明皇后の甥)でもある人物の反乱ということもあり、天皇にはどこか非現実的なことと感じられたりしたのかもしれません。
また、安宿が「光明子」という輝かしい名前を名乗るようになるエピソードでは、これは本人は全く乗り気ではなく、聖武天皇のたっての希望だったとされています。また、全身が膿んだ老人の膿を口ですすったところ阿しゅく如来に姿を変え…という逸話も、藤原氏が彼女の徳を高く見せるために広めた噂話という見方もできますが、本書ではそれは庶民が光明皇后を皮肉ったものとしています。皇族以外から誕生した初めての皇后のため、こうした誹りは実際にあったんでしょうね。
こうした史書には現れない、その当時の朝廷内の空気をリアルに感じさせてくれるのが、小説のいいところです。この作品を読んだことでこの方々に親近感を覚えましたし、後の時代の人間からは突飛に見える政も、それぞれちゃんと意味付けされていて腑に落ちた感がありました。
大仏建立へと突き進む聖武天皇と、それに反対する声を抑えながら、その夢をアシストするために支え続ける皇后の姿は胸を打たれます。大仏開眼のシーンなどはとても感動的ですね。
また、この作品で楽しかったシーンは色々とありました。娘の阿倍が、将来は天皇の座につくものとしての自覚が強すぎて、かなりオタク的な学問好きの変わり者として描かれているところなどもいいですね。さらに、ところどころに登場する小道具に、現代まで伝わる正倉院宝物が用いられたりするのも楽しいですね!いちいちニヤニヤしてしまいます(笑)
固すぎず柔らかすぎず、とても面白い天平時代の小説になっています。古代史がお好きな方はぜひ!