
恋都の狐さん
奈良を舞台にした不思議な恋物語。奈良の描写が濃い濃い!奈良好きの方は必読です!
今の奈良を舞台にして、ちょっと不思議なストーリーが繰り広げられる、第46回メフィスト賞受賞作品。2012年2月に発売された作品で、北夏輝さんのデビュー作です(1986年大阪生まれ・大学院在学中だとか)。
私はそれほど小説は読まないので、この作品のことは全く知りませんでしたが、これはすごいですよ!恐ろしい濃さの「奈良小説」です!
ネタバレになりますから細かいことは書きませんが、冒頭から主人公が奈良の節分イベントに参加して、個性的な登場人物と出会うところから始まります。その書き方も生半可ではなく、東大寺二月堂~元興寺~興福寺とはしごしているんですよね。つい先日も、Twitterなどで節分イベントの動き方を色んな方と話していただけに、それがメジャーな小説に描かれているとは想像もしていませんでした。
さらには、猿沢池のほとりにある采女神社や、まだ始まったばかりの奈良の冬のイベント「なら瑠璃絵」なども登場しますし、最後には東大寺二月堂のお水取りのシーンも登場します。その全てが取材で行ったレベルではなく、ちゃんとディープに体験している方のしっかりした描写です。すごいですよ!
説明文:「豆を手にすれば恋愛成就の噂がある、東大寺二月堂での節分の豆まき。奈良の女子大に通う「私」は、“20年間彼氏なし”生活からの脱却を願って、その豆まきに参加した。大混乱のなか、豆や鈴を手にするが、鈴を落としてしまう。拾ったのは、狐のお面を被った着流し姿の奇妙な青年。それが「狐さん」との生涯忘れえない、出逢いだった―。第46回メフィスト賞受賞作。」
奈良を舞台にした最近の物語というと、万城目学さんの『鹿男あをによし』が思い浮かびます。こちらも奈良の風景を美しく描いていていましたが、主人公は関東から転勤でやってきた設定ですから、奈良の描写はまだ大人しいものでした(これが適度とも言えます)。
しかし、本作の主人公は、大阪在住で奈良の大学(おそらく奈良女)に通っている女子大生です。そんな主人公の目線で、今の奈良の町の様子を丹念に描いていますので、奈良好きにはたまらないですね。店名はぼかしてありますが、商店街を歩いているシーンなど、まさに目に浮かぶよう!Amazonの書評に「奈良に住んでる人にしか伝わらないのでは…」なんて感想が寄せられるほどのディープさです(笑)
東向き商店街を抜けると、左斜め前方に大きな餅屋があり、その左手には細い道が奥に向かって延びている。両側には小さなビルが隙間なく立ち並び、頭上にはアーケードがかかっているため、道は少し薄暗い。おまけに入り口から数メートル先で道が左に曲がっているため、先が見えない。
アーケードがかかっているから商店街ではあるのだろうが、太い一本道で見通しのよい東向商店街と違って気軽に足を踏み入れられるような雰囲気ではない。なにか得体のしれないものが顔を覗かせそうな感じだ。
85~86ページ
こんな渋い描写って、他ではまずみられないでしょう。さらに、主人公が、なら瑠璃絵を独りで観に来たシーンでは、こんな泣かせるセリフもありました。
(略)せっかく電飾を用意してホームページやチラシで宣伝もしたのだから、大勢の観光客が奈良に来ればいいのにと思う。
住民票や住居は大阪にあるものの、平日は一日の大半を奈良ですごすため、気分はほとんど奈良県民だ。たとえ高校時代の同級生に「鹿臭いのは嫌だ」と敬遠されても、私は奈良を応援する。奈良に栄光あれ!
177ページ
奈良が好きな方が常に口にしているリアルな感情ですね。この作者さん、絶対に奈良が大好きでしょ。作者さんとお友達になりたいくらいですね(笑)
なお、この小説はラブストーリーですが、こちらはまだ満点とはいえないかもしれません。奈良の風景を細かく描くことに集中していて、人物描写が浅く感じる部分もあり、途中で起こる急展開もやや唐突な印象でした。まだ決して100点はつけられません。
しかし、奈良好きな人間にとっては、それを補って余りあるほどの魅力のある作品です。これからどのような作品を読ませてくれるのかは分かりませんが、次回作以降のすべてチェックしたいと思います!
余談ですが、本作は「メフィスト賞」を受賞した作品ですので、私はミステリーなんだと思い込んでいました。しかし、ミステリー要素も少しはある…といった程度です。メフィスト賞とは、未発表の小説を対象とした新人賞で、「究極のエンターテインメント」「面白ければ何でもあり」を標榜しているもので、過去の受賞作を見るとミステリー方面が多いものの、エンターテイメント小説も多いのだそうです。誤解なさらぬようお気をつけください!
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