満つる月の如し 仏師・定朝
偉大な仏師「定朝」と平安貴族たちを描いた時代小説。仏像成分は薄めですが面白いです!
平安時代の大仏師「定朝(じょうちょう)」を主人公として、比叡山の学僧・隆範、藤原氏の貴族たちとの姿を描いた歴史小説。第32回新田次郎文学賞などを受賞した作品だそうです。謎の多い仏師が主人公だけに、思っていたよりも仏像についての描写は少なく、才気あふれる定朝を取り巻く人間ドラマが展開され、380ページの大作ですが、最後まで飽きずに読めました。
説明文:「時は藤原道長が権勢を誇る平安時代。若き仏師・定朝はその才能を早くも発揮していた。道長をはじめとする顕官はもちろん、一般庶民も定朝の仏像を心の拠り所とすがった。が、定朝は煩悶していた。貧困、疫病が渦巻く現実を前に、仏像づくりにどんな意味があるのか、と。華やかでありながら権謀術数が渦巻く平安貴族の世界と、渦中に巻き込まれた定朝の清々しいまでの生涯を鮮やかに描き出した傑作。最少年で中山義秀賞を受賞した気鋭の待望の最新刊。」
ネタバレになるので、ストーリーについてはあまり詳しくは書きませんが、並外れた造像の才能に恵まれていながら、飢えに苦しむ庶民の姿を観て自分の彫った仏像の意味に悩む、青年期を中心に描かれています。そこに高貴な貴族たちが絡んできて、雰囲気のある作品に仕上がっています。
ちなみに、定朝(Wikipedia)の作品は、文献上では多数確認できるものの、現存するのは平等院鳳凰堂・阿弥陀如来坐像(国宝)のみとされています。そのスタイルを取り入れた作風が「定朝様」と名付けられ、その子孫が院派・慶派・円派など、後々まで仏師の巨大な一門を形成するのですから、あらゆる面で大きな影響を与えた人物です。寄木造や内刳りといった技法を取り入れたのも画期的だったとされています。
私などは、奈良におわす古い天平仏や鎌倉時代の慶派の作品などを見慣れているため、正直なところ、定朝様と称される仏像を拝すると、今でも違和感を感じています。定朝の造仏では肉感的な要素や荒々しさが極端まで削られ、平易で軽やかな印象の仏さまを創りだしました。ただ静かにそこにいらっしゃるというような印象と言えるでしょう。
定朝の唯一の作品とされる平等院鳳凰堂のご本尊が完成したシーンなども登場しますので、この本を読んでから宇治へ行くと、より気分が盛り上がるでしょうね。歴史小説や仏像がお好きな方であれば、最後まで夢中で読めるでしょう。
また、作者の澤田瞳子(さわだとうこ)さんは、京都生まれで、大学では奈良仏教史を学んだ方だとか。これまで時代小説の編著などを行ってきて、2010年『孤鷹の天(こようのてん)』という作品で小説家デビューなさったのだとか。この作品は「古代の奈良を舞台にした青春群像劇」とのことで、定朝と同じくらい興味がある題材ですから、ぜひこちらも読んでみたいと思います!