天皇陵の誕生(祥伝社新書268)
「天皇陵」の成り立ちを歴史的、社会学的な観点からアプローチした興味深い一冊
宮内庁の管理下に置かれ、調査すら行われていない天皇陵。そもそもの比定からして疑問が呈されている(時代考証などから被葬者が別人と考えられるなど)ものも多く、現在の管理制度では不明なことばかりです。そんな天皇陵をめぐっては、考古学的な観点から発掘調査を望む声も少なくありませんが、なかなか実現しません。
本書では、考古学的なアプローチではなく、社会学的な観点から天皇陵の成り立ちを考察しています。専門的な描写も少なくありませんが、とても読みやすい内容で楽しく読めました。
説明文:「天皇陵をめぐっては、埋葬された被葬者の真偽をめぐる議論が絶えない。それどころか、実在しなかったとされる天皇、即位したかどうかわからない天皇、もとより海中に没したはずの天皇の陵墓まで指定されている。そしてそれらの陵墓は宮内省の管轄で、一切の学術調査や発掘が許されていない。 では、現在の天皇陵は、誰が、いつ、何を根拠に、どのような方法で決定したのだろうか。本書は、考古学的なアプローチとは別に、近世・近代史の視点から、天皇陵とは何か、という問題に迫る。」
第一章は「天皇陵は本物か─証明法の謎」。現在の古墳にどの天皇が埋葬されているのかを比定していく方法を説明し、その疑問点を述べています。その流れで、第二章では江戸時代の天皇陵研究家として有名な蒲生君平の「山陵志」について考察し、それが当時どのように扱われたのかを見ています。
ここまでは基本的な説明ですが、本書がユニークなのはここから。幕末に築かれた神武天皇陵の決定方法と、そこで天皇陵を奉じていながら橿原神宮と軋轢をおこした奥野陣七という人物を紹介しています。彼は橿原神宮近くで、政治団体と観光ガイドの中間のような事業を行ない、神武天皇陵が人々から崇められる存在となることに尽力しました。不思議な人間模様が垣間見れます。
さらに、明治天皇陵を京都にするか東京にするかの騒動、海中に沈んだはずの安徳天皇や、即位が確定していない長慶天皇の御陵の選定など、天皇陵を取り巻く興味深い話が続きます。
考古学的な視点から天皇陵を再考するのも面白いものですが、こうしたアングルから見るのも人間臭くていいですね。天皇陵というものが、ずっと人々から聖域として崇められてきたように錯覚しますが、ほとんど顧みられなかった時代が続いていたのです。そんなことを再認識できる一冊でした。