
斑鳩に眠る二人の貴公子・藤ノ木古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
世紀の大発見を丁寧に描いた、上質のドキュメンタリーです
日本全国の古墳などを紹介する「遺跡を学ぶ」シリーズの一冊。鮮やかな朱に染められた石棺の中から、多数の副葬品とともに二人の男性の埋葬が確認された、斑鳩の「藤ノ木古墳」の回です。
このシリーズは、毎回ひとつの古墳に絞って、研究者が調査現場の様子などをレポートしていくため、とても臨場感があります。分かりやすい資料画像も豊富で、そこに丁寧な解説がつけられ、上質なドキュメンタリーを読んでいるかのような楽しさがあるんですよね。藤ノ木古墳の大きな調査は1985年に始まっており、他の古墳と比べてまだ新しいこともあり、調査手法も現代的です。判明した事実を淡々と紹介していくだけで、衝撃的な新発見であることは明らかで、改めてそのすごさに驚いてしまいます。
例えば、石棺は狭い横穴式石室の中に安置されていますが、そのふたを開けての調査が決定してから、ほぼ同じ素材の石を見つけてきて実物大の石棺の模型を作り、何度も実験と練習を重ねてから本番に挑んだそうです。その模型の製作だけで、約2ヶ月、延べ約110人もの方が作業に携わったというのですから、ものすごいスケールです。それだけ準備しても、石室内で石棺のふたを持ち上げた際に、金属の足場にあたってしまって、足場の一部をバーナーで焼ききって…など、想定外の事態が発生したのだとか。考古学の現場は大変ですね。
藤ノ木古墳からは、二人の成人男性の遺体と(性別・身長・年齢・血液型も判明しています)、金属製の馬具など、多数の副葬品が見つかっています。筆者はその状況や時代背景、などから考察して、埋葬者の一人は、敏達天皇の亡くなった直後の炊屋姫(後の推古天皇)を襲おうとした事件を引き起こし、後に攻め滅ぼされたた「穴穂部皇子」と、その近しい存在だった「宅部皇子」の2名だと想像しています。中世に藤ノ木古墳は「崇峻天皇」(穴穂部皇子の兄弟にあたります)の陵とされていた時代があったのは、近しい関係にあった悲劇の天皇に摩り替わったのだろうとのことです。
内容も比較的分かりやすいですし、臨場感もあります。考古学に興味の無かった方にも手にとって欲しい良書ですね。