土門拳の昭和〈1〉風貌
リアリズムにこだわる巨匠が撮影した、昭和の顔・顔・顔
戦前から戦後にかけて、写真家・土門拳氏が撮影した人物写真を集めた作品集。少し前に『土門拳 (別冊太陽)』を読んで気になったので、図書館で借りてきました。
人物写真のイメージが薄い方ですが、土門さんならではの深い陰影のある白黒写真で、昭和の著名人たちの表情を収めています。生涯リアリズムを追求しただけに、人物写真でも自然な表情を捉えようとしていたそうですが、大げさなマグネシウムのフラッシュをたいての撮影なので、大変だったようです。
私も含めて、写真技術についてはよく分からない方であっても、被写体となっている方々の豪華さには誰もが驚くでしょう。例えば、文学界だけでも、井上靖・井伏鱒二・大江健三郎・川端康成・斎藤茂吉・志賀直哉・谷崎潤一郎・永井荷風・三島由紀夫・吉行淳之介など、そうそうたるメンバーが揃っています。これだけの方の撮影ができるのもすごいことですが、誰もが知っているビッグネームがキラ星のごとく並ぶんですから、昭和という時代がすごいのかもしれません。
中でも、やはり最も印象深いのは女優の山口淑子さんを撮影した一枚でしょう。戦後間もない廃墟のような荒れ果てた場所での、映画撮影の合間の一コマだそうです。ロケ車らしきボンネットバス、足元は泥やゴミだらけ。背後には傾きかけた古いビル、遠くにはひと目でも大女優を見ようと集まった人々の姿が見えます。
その中央には、美しい黒のチャイナドレス風の衣装をまとった山口さんが立っていて、風に髪が乱れないように左手で押さえています。指先にはマニキュアが、足元はハイヒール。銀幕の中の誰もが憧れる凛とした空気が感じられます。このアンバランスさが全てですね。往年の大女優の魅力は存分に感じられますが、それを遠巻きに見つめていた庶民の生活が貧しかったからこそ、よりオーラが強まったのでしょう。
私はこの写真たちが撮影された時代にはまだ生まれていませんが、昭和という時代のエネルギーを感じました。
梅原龍三郎(洋画家)。あまりにしつこく撮影を続けて激怒されたという、いわくつきのシリーズです
笠置シヅ子とエノケン
会津八一(歌人・書家)
三島由紀夫
三船敏郎
山口淑子(俳優・政治家)