土門拳 (別冊太陽)
徹底的にリアリズムにこだわった「写真の鬼」の全仕事
戦前から戦後にかけて、徹底的にリアリズムにこだわった写真家・土門拳さんの仕事をまとめた一冊。別冊太陽のシリーズで、2009年に生誕100年記念と銘打って出版されたものです。
私のような奈良の仏像好きからすると、土門さんといえば古寺巡礼であり、室生村であり、弘仁仏像(平安時代のもの)といったイメージです。本書では、掲載点数はそれほど多くありませんが、土門さんの撮影を補佐していた方たちのコメントなども多数掲載されていて、「写真の鬼」とまで呼ばれた巨匠の撮影現場の様子が伝わってきます。
私はカメラには詳しくありませんが、土門さんが仏像を撮影する際には、できるだけ自然光にこだわり、ほぼ真っ暗なお堂内で長時間露光をしていたそうです。経験と勘だけが頼りですから、成功率は3割くらい。ピントが深く、独特の「土門カラー」と呼ばれるあの作品群が生まれる現場に立ち会ったような臨場感がありますね。また、ストロボがない時代だったため、フラッシュバルブというものを使用し、土門さんはファインダーを覗くのではなく、これで光を当てる側だったというのも面白いです。
もちろん、それ以外の文楽を撮ったシリーズや、著名人を撮影する「風貌」シリーズ、リアリズム写真の極地とされたヒロシマや筑豊のこどもたちのシリーズなど、多様な仕事を網羅しています。モノクロの力強い作風で社会的な運動を捉えたり、戦後10年以上が経過した被爆者たちの姿を写した作品などは、本当にパワフルですね。戦後の町中で当時の大女優である高峰秀子さんや山口淑子さんを撮影した作品など、特に印象的です。
このような作品を生み出し続けた土門さんですが、その生い立ちやキャリアを見ていくだけでも面白いですね。写真家デビューが遅かったり、左翼的な思想によって職を辞していたり、晩年はほぼ車椅子生活だったにもかかわらず、冬の三佛寺投入堂へ登って撮影したり、最後は11年間も意識不明のまま亡くなったり。私が知らないことばかりでした。巨匠の仕事と人柄を把握するには最適の一冊でしょう。
余談ですが、土門さんは白洲正子さんから「あんな田舎者大嫌い」と言われていたとか。何となく分かるような気がするのが面白いですねw