
富士山を汚すのは誰か ――清掃登山と環境問題 (角川oneテーマ21)
富士山の清掃登山に取り組むアルピニストからの提言。分かりやすく説得力のある良書です
7大陸最高峰を登頂したアルピニストであり、アルプスや富士山の清掃登山にも積極的に取り組む野口健さんの著作です。2008年の出版で、この当時はまだ富士山が世界遺産への登録に向けての準備段階でしたが、野口さんたちの活動などもあって、無事に登録されました。しかし、内容は決して古びることはなく、ここでの提言が今活かされていると感じる点も多く、読んでおく価値のある一冊でしょう。
説明文:「地球の問題は自分の問題だ!世界を悩ませるゴミ問題。エベレスト、富士山といえどそれは例外ではない。登山家の出すゴミだけでなく、いろいろな廃棄物が自然を汚している今、日本を代表するアルピニストが自ら腰を上げた!」
本書では、まずは野口さんのエベレスト登山の時のエピソードから始まります。エベレストほどの高地になると、ゴミを分解するバクテリアは存在せず、生ゴミも排泄物もすべてそのまま残ります。ここに酸素ボンベやカン・ビンなどのゴミも加わり、キャンプ地の周辺は大変なゴミだったのだそうです。
1997年の登頂の際には、他国のアルピニストから日本の登山隊が廃棄したゴミの多さを指摘されて、「日本人はエベレストをマウント・フジにするのか!」と問い詰められたことも。過去の登山では、ゴミはそこへ放置しておくのが当然だった時代もあったのも事実ですし、日本の登山スタイルが大人数で組織的に行うものだけにゴミが出やすいというのも一因であり、最近ではその悪評も解消されてきているそうです。しかし、この当時から、富士山がゴミに埋もれた山であるということは、海外のアルピニストたちにも知られていたんですね。
そんな経験から、エベレスト登頂後に4年にわたってアルプスの清掃登山を行いましたが、そこには登山とは全く違った苦労があったとか。アルピニストやシェルパが高所へ向かって、登頂ではなく清掃だけして下山するという行為が、登山家の本能として納得できないんですね。「山頂は目の前なのに、何故ゴミを抱えて下山しなくてはいけないんだ?」と考えてしまうのだとか。
また、清掃登山は通常のアタックよりも高所にとどまる時間が長いため、体に大きな負担がかかり、協力してくれたシェルパ3名が命を落とし、野口さんも2ヶ月の入院を余儀なくされてしまったほどでした。今でこそ清掃登山という概念は比較的一般的になってきましたが、その当時は大変な苦労があったんですね。そんな経験は、富士山での清掃登山にも活かされていきます。
本書では、富士山の現状を変えるために、さまざまな提言がなされています。環境配慮型トイレの普及・企業や行政の協力を要請すること・公的な交通手段の拡充・ゾーニングの策定(入っていいいところとダメなところを別ける)・レンジャー制度の充実など。そして、入山料の徴収にも肯定的に触れられています。世界遺産登録をきっかけに、ますます登山者が押し寄せることが予想されますが、決してこれがゴールではありません。一歩一歩実現していって欲しいですね。
また、興味深かったのは、「富士山の楽しみ方を広げる」ということ。現在は、五合目まで車で上がってそこから登り始めてご来光を観て下山して…というパターンですが、つい数十年前までは一合目から登っていたのです。今では完全に廃れてしまっているようですが、このルートを復活させるのも大きな意味があるでしょう。また、かつては富士山の中腹をぐるりと一周する「お中道めぐり」というルートがあり、富士山に3回登頂したものしか歩けなかったのだとか。こういった別のルートの再発掘も意義のあることだと思います。
山や自然を汚すのは人間です。最近では環境への意識が高まってきているとはいえ、実際にまだゴミを目にすることも多いです。本書では北アルプスを例に、「挨拶とゴミ」の関係にも触れられていました。山道ですれ違うときは誰もが簡単な挨拶を交わしますが、人の多い下界(上高地付近)へ降りてくると挨拶をしなくなります。挨拶をしている場所はゴミが少なく、それが途切れる辺りまでくると、急にゴミが増えるのだそうです。
富士山に限らず、日本の至るところでゴミや不法投棄が問題となっていますが、それらについても考えさせられる良書でした。ぜひご一読ください!