祭礼で読み解く歴史と社会 春日若宮おん祭りの900年
おん祭の歴史的な変遷などをたっぷり解説。充実の内容です!
毎年12月17日に行われる春日大社・若宮社の祭礼「おん祭」。現在まで約900年にわたって続けられている、大和の国の最大のお祭りについて、奈良の歴史や社会の変遷、寺社の役割、伝統芸能などを通じて解説した一冊。
私がまったく知らなかったおん祭の歴史的な経緯や変遷などがたっぷりと語られています。内容が盛りだくさんで、1回ではとてもすべて消化できないような情報量ですので、近く再読しておきたいですね。
「内容紹介」より
春日の若宮さま(天押雲根命)は1003年に現れた新しい神で、1世紀以上のちにご信託によって若宮社が創建され、その翌年の1136年に初めておん祭が始められました。
一般的には、「おん祭は保延2年(1136)関白・藤原忠通が五穀豊穣・国民安寧のために始めた」とされています(1156年の保元の乱で後白河天皇側について敗れた人物)。しかし、本書では冒頭からこの説を真っ向から否定。当時の文献を読み解き、創始したのは「大衆」(=興福寺の衆徒)であるとします。その理由も、五穀豊穣を願って、というよりは、次の訴訟の成功を祈って、または勝訴のお礼として始めたとか。
春日大社の大祭・春日祭が、古くから朝廷の奉幣に預かる官祭だったのに比べて、若宮おん祭は後からできた興福寺の祭りに過ぎませんでした。それが大和一国の大祭となるのは、興福寺の大和支配のための手段として用いられたから、という側面もあるのだそうです。
時代ごとに変遷はあるものの、武士たちの争いによって中止されたり、コスト負担が重すぎて大役を辞退するものが出てきたり、領地の民に重税を課して逃げられたりと、なかなか生々しい展開も見せたりします。
春日大社だけの祭礼ではなく、大和一国をあげての祭りだけに、時代に主体が変わり、戦国時代に豊臣秀長が大和の国に入った時期、大和奉行所が管轄した時期、明治維新のあとの時期、そして戦後など、時代ごとに内容が変遷していった様子も丹念に解説されます。おん祭の約900年の通史を見ていくことで、奈良の歴史が浮かび上がってきますね。
ちなみに、昭和24年からは、おん祭に合わせて「シカ踊り」という催しもあったのだとか(検索してもほぼ情報は出てきませんが)。いまでは考えられませんね(笑)
なお、筆者さんは、前書きで「この祭りの通史を描き、大和の国の中世に目を向けてもらうこと」などを目的としてこの本を書いたとしています。中世の奈良は興福寺の支配が揺らぎ始める時期でもあり、大きな話題になっている『応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)』(紹介記事)と同じ時代も丹念に描かれます。合わせて読むと、中世の奈良についてより理解が深まるでしょう!