2016-11-02

鷗外「奈良五十首」を読む (中公文庫)

正倉院の開封に立ち会っていた森鴎外が詠んだ奈良の歌。丁寧に解説した良書

大正時代の文豪・森鴎外が、奈良に滞在して詠んだ「奈良五十首」について、その歌の意味や背景について解説した一冊。歌集として見るとそれほど面白みがなく感じられてしまう歌群ですが、筆者さんが丹念に足跡をたどったことで、その当時の様子がリアルに浮かび上がっています。


説明文:「大正五年、陸軍軍医総監の職を退いた鴎外は、一年半後、帝室博物館総長に任ぜられ、度々奈良に滞在する。在任中の歌で編まれた「奈良五十首」は、『明星』大正一一年一月号に一挙掲載されたもので、茂吉は「思想的抒情詩」と評し、石川淳はそこに鴎外晩年の「物理的精神的な軌跡」を見ようとした。総体としての五十首に込められた本当の含意とは。」


文豪・森鴎外は、大正6年(1917年)12月から死に至るまで、帝室博物館総長兼図書頭として勤めました。この職務の一環として、正倉院の開閉封にも立ち会い、大正7年から5回も奈良に滞在しています。

近代の奈良は、明治維新後の廃仏毀釈を受けて荒廃の一途をたどっていましたが、大正年間になって、『七大寺大観』『古寺巡礼』などの名著が発刊となり、鉄道会社「大阪電気軌道(大軌)」の営業開始により、第一次奈良ブームというべき状況だったとか(ちなみに、志賀直哉が奈良へ移り住んだのは大正14年です)。鴎外も大正の空気の中で、奈良を歩いた一人でした。

その業務は、開封された正倉院への見学者を案内したりするもので、正倉院宝物の価値もわからず、単に見学の資格が得られたから来たという無礼な者も多かったとか。そういった不満を漏らした歌なども遺されています。

また、業務として正倉院の宝物を見ての歌や、雨の日には作業が休みになるため、奈良のお寺を訪ね歩いて詠んだ歌など、その当時の奈良の雰囲気が伝わる歌が詠まれています。

●正倉院
[09] 勅封の 笋(たかんな)の皮 切りほどく 剃刀の音の 寒きあかつき
[10] 戸あくれば 朝日さすなり 一とせを 素絹(そけん)の下に 寝つる器に
[12] 唐櫃の 蓋とれば立つ あしぎぬの 塵もなかなか なつかしきかな

●古寺巡礼
[21] 晴るる日は み倉守るわれ 傘さして 巡りてぞ見る 雨の寺寺
[22] とこしえに 奈良は汚さんものぞ無き 雨さへ沙に 沁みて消ゆれば
[24] 別荘の 南大門の東西に 立つを憎むは 狭しわが胸
[26] 大鐘を ヤンキイ衝けり その音は をかしかれども 大きなる音

こうした歌に混ざって、時の首相・原敬の暗殺事件が起こって、それを奈良の鹿に人が突き殺された事件と絡めて歌に詠み込んだり、ぱっと見て意味が取りづらいものもあったりしますので、この本はとても助かりました。

どなたでも読みやすいという内容ではありませんが、読みがいのある一冊です。興味のあるかたはぜひ!


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