語りだす奈良 118の物語
元奈良博学芸部長・西山厚さんの新聞連載をまとめた一冊。心に染み入ります!
奈良国立博物館の学芸部長としてご活躍され、現在は帝塚山大学の教授職にある、西山厚さんのご著書。2010年から毎日新聞の奈良版に連載された内容に加筆・修正したものです。奈良博の展示、仏教界、園児や小学生たちとに触れ合いなど、内容は多岐にわたりますが、どれも西山さんらしい温かな視線が感じられます。
連載開始が平城遷都1300年祭の年で、連載中に東日本大震災が発生したりもします。それぞれのお話を読んでいてためになるのはもちろんですが、あらためてこの数年間を振り返るいいきっかけになりました。
説明文:「2014年春まで、仏教美術の殿堂として知られる奈良国立博物館の学芸部長として、正倉院展をはじめ、多くの展覧会を運営してきた著者。奈良の寺社や伝統行事、宝物、それらを守り伝える人々と接するなかでみつけた奈良の魅力や、研究者として発見した心温まる歴史秘話などを、専門である仏教史を交えながら綴る、優しさあふれるエッセイ集です。 東大寺大仏は、聖武天皇の苦しみから生まれ、正倉院宝物は、光明皇后の悲しみから生まれました。苦しみや悲しみを大きなやすらぎに変えてきた奈良の物語は、物騒がしい現代日本にとって、振り返るべき大切なたからものといえるでしょう。毎日新聞(奈良版)の人気連載を書籍化。」
2010年10月の連載開始から2015年9月の掲載分まで、ほぼ時系列順に並んでいて、奈良国立博物館・学芸部長の時代のお話が主となります。私自身、年間パスポートを購入して熱心に奈良博へ通っていますので、その時々の特別展のお話など日記を読み返しているかのような感覚になりました。正倉院展はもちろんのこと、貞慶・古事記・當麻寺など、これまで拝見してきた企画展の内容ごと、懐かしく思い出されます。
本書内でも語られていますが、西山さんの文章からは社会的な弱者と呼ばれる方たちや、苦しんでいる方、悲しんでいる方への親近感が強く感じられます。幼い子を亡くし国も乱れた際の聖武天皇と光明皇后の苦しみだったり、幼いころに母を亡くしている偉大な宗教者、叡尊や忍性の悲しみに共感しています。同じものを見るにしても、そういった背景を理解し共感しているからこそ、より深い感動があり、人にもそれを伝えられるのでしょう。私も奈良を愛する者の端くれとして、そういった視点を持てるように心がけたいと強く思いました。
また、感動的であり、印象的な言葉もたくさん散りばめられています。
(東日本大震災に関連して)「元気いっぱい幸せいっぱいな人には仏教はいらない。仏教は悩み苦しむ人のためにある。だから、僧侶は誰よりも苦しんでほしい。この世は苦しみに満ちている。その苦しみのすべてを、僧侶は自分の苦しみとして受け止めてほしい。それができた時、いや、本気でそうしようとした時、僧侶の言葉は、苦しむ人たちの胸にしみ入るに違いない。その時こそ、僧侶は真の癒し手となることができるのだと思う。」(「仏教に何ができるか」より)
また、日本の仏教美術の素晴らしさを世界に伝えたフェノロサが本当に幸せだったのかなど、意外と知らなかったお話もたくさん登場しています。350ページを超えるかなり分厚い本ですが、もとが新聞連載のため各章ごと短いテキストで構成されていて、とても読みやすくなっています。たくさんの方に手にとって欲しい良書ですので、興味のある方はぜひ!