入江泰吉の奈良 (とんぼの本)
奈良を愛した写真家の没後すぐ出版された一冊。失われた奈良の風景への憧憬が募ります
奈良の風景を追い続けた写真家・入江泰吉さん。亡くなられた直後に発売された、芸術新潮の1992年4月号「写真家・入江泰吉が残そうとした奈良」を再編集したものです。
同じ場所から、撮影時期を変えた作品を並べて比較したり、今では立ち入ることが出来ないような場所から撮影してあったり。何十年にもわたって奈良の風景を撮影してきた方だけに、蓄積が違いますね。
説明文:「日本人の郷愁をかきたてる昭和20~30年代の懐かしき大和路の風景…、残された膨大なネガ・フィルムには、入江泰吉氏がぜひとも残したいと切望しながらも、今は失われてしまった、もう二度と目にすることのできない大和路が、写しとどめられていた。氏にしか撮れなかった奈良である。未公表写真も含め、大和路を撮り続けた写真家・入江泰吉氏の半世紀の軌跡をたどる。」
入江泰吉さんは、昭和20年代ごろから撮影を初めていますから、今から60年近く前の奈良の風景が収められています。飛鳥や斑鳩、奈良市内ですらまだ田んぼが広がっていて、牧歌的としか言いようがない姿でした。しかし、生前から「奈良の素晴らしい風景が失われてきている」と危機感を抱かれていたように、写真の中でもどんどん開発が進み、宅地化されていくのが分かります。
この本の発売ですら、今から20年以上前のことですから、驚きもしますし、恐ろしくもなりますね。ここに暮らす人間は、「奈良いつまで経っても田舎のままだ」と思いがちですが、決してそんなことはありません。入江さんの写真を拝見していると、失われた奈良への憧憬が募ってきますね。
入江さんご本人の文章はもちろん、奥さまや随筆家・白洲正子さん、東大寺・法華寺・興福寺・薬師寺・法隆寺の長老クラスの方々が、入江さんとの思い出を語った文章を寄せていらっしゃったりします。定期的に読み返したい内容ですね。