正倉院案内
正倉院の成り立ちや歴史が解説された良書。今から半世紀も前の本がベースになっています
昭和23年から永らく正倉院事務所長を勤められた、和田軍一さんのご著書。発売は1996年ですが、その30年ほど前に出版された「正倉院夜話」の一部内容を改め、写真などを加えて再販したものです。
各章のタイトルは、宝物の力・戦争と正倉院・三つ倉・倉出し・保存の条件・宝物への接近、宝物は語る・付 思い出の人々。正倉院の成り立ちや歴史についてバランスよく解説されています。私は図書館で見つけたのですが、他の何冊もの関連本の中でも特に分かりやすく、最後まで興味深く読了しました。
説明文:「千二百余年の風雪に耐え、大陸との交流によって華開いた絢爛たる天平文化を今に伝える正倉院。本書は、永年正倉院所長の任にあった著者が、正倉院の歴史を踏まえ戦後におけるあるべき姿と、多数の図版をもとに、膨大な宝物群の特質やその保存と活用について、正倉院のすべてをわかりやすく解説。」
本書では、正倉院宝物についてではなく、正倉院の建築や歴史などを知るには最適な内容です。歴史で言うと、特に戦時中・戦後のエピソードは知らなかったものが多く、とても興味深かったです。
戦時中に奈良・京都が爆撃を免れたのは、アメリカ人ウォーナー博士の尽力が大きかった伝わっていますが、博士本人もそれを否定していたとか。歴史的文化財が多い奈良・京都を戦禍に巻き込まないようにとした、当時のロバーツ委員会の方針もあり、正倉院宝物は安全な場所へと疎開させたものの、一部の日本人はそこが爆撃されないことを知っていたそうです。とはいえ、実際には奈良辺りでも空襲警報が発令され、白毫寺付近に爆弾が落ちたこともあったとか。
戦争被害を免れた正倉院ですが、占領軍からも尊重され、宝物が散逸するようなことはありませんでした。しかし、突然GHQの関係者がやってきて宝庫の開封を要求したこともあったそうです。名目は「戸籍法規を改正する必要があるため、正倉院にある世界最古の戸籍を参考にしたい」と。ややこしい時代だったんですね。
歴史的なエピソードでは、織田信長が香木・蘭奢待を切った時の話などとともに、いくつも興味深いものが紹介されています。
●鎌倉時代に入って、後醍醐天皇が正倉院の琵琶と琴などを借りだし、東大寺が催促しても返納されなかった。その後の1360年、後光厳天皇が琵琶の借り出しを申し入れたが、衆議の結果、東大寺側は申し入れを拒否した。
●何度も盗難被害にあっている正倉院。宝物を銀製と思い込んで売り飛ばそうとしたものの、メッキのため高値で売れなかったということが多いのだとか。1230年には東大寺僧らが鏡八面・銅小壺・銅小仏3体などを盗んだが、あまりの安値に売るのを止めて、東大寺大仏殿前にある五百余所社の社殿に隠していた。2013年の正倉院展では、この際に割られてしまった鏡を出展しています。
●正倉院では、宝物の塵芥・残闕(ざんけつ)などもすべて保管されていて、染織品のかけらは、残闕・断らん・塵芥・塵粉(じんぷん)の4段階に分類されているとか。塵粉とは「塵芥をふるいにかけて粉末になったもの」。そんなものまで保存されているんですね!
長い歴史を持つだけに、興味深いエピソードがたくさんあり、それが分かりやすく紹介されていますので、最後までまったく飽きずに読了しました。かなり古い本ですから店頭で探すのは難しいかもしれませんが(Amazonでは中古が安く手に入るようです)、興味がある方はぜひ手に入れてみてください!