奈良大和の峠物語
奈良にある七十余りの「峠」を訪ねた興味深い一冊。丁寧な取材姿勢に好感が持てます
奈良にある七十余りの「峠」を訪ね、現在の様子を紹介した一冊。産経新聞奈良県版に連載されたものに加筆し、2001年に発売になっています。見開き2ページで、画像と地図を交えて一つの峠を紹介していて、もとが新聞連載ですから文章量も適度で、とても読みやすくまとまっていますね。
著者の中田紀子さんは、『暗越奈良街道ガイドブック2012』の巻末に収録されていた「第3回 暗越奈良街道サミット」にパネリストとしてご参加なさっていて、その発言からこの本の存在を知りました。
四方を山に囲まれた大和の土地だけに、峠道がいくつもあることは予想できますが、70を越えるほどもあるんですね!著者は、紹介した峠の全てを自らの足で歩いています。今はほぼ使われなくなった峠道も多いですから、これは大変な労力だったでしょう。さらに、単に歩くだけではなく、その土地の方々から話を聞いて古い時代の姿を連想できるのもいいですね。あらゆる意味で、この取材は大変だったと思います。
万葉集にも登場するような古い峠、芋峠・歌姫峠・暗峠・水越峠・竹内峠など、奈良には有名な峠がいくつもありました。まだコースを変えずにそのまま利用されている峠道もありますが、ほとんどのものは近くに便利な道路が通り、旧道は忘れ去られたりしています。古い時代の旅人たちにとっては、峠道にあるお茶屋や宿場は重要なものでしたが、車社会になったため、すでにこうした風景も見られなくなっています。
例えば、吉野と三重県の県境に位置する「高見峠」は、古くからお伊勢参りの旅人が行きかい、2日もかけて峠越えしていたそうです。しかし、便利な高見トンネルができたことによって、わずか2分で通過してしまうようになったとか。便利になることはもちろんいいことですが、その背後の歴史を知っておくことも重要なことでしょう。
当時ですでに道がなくなっていた峠も多いですから、実際に紹介された峠へ行けるかどうかは別としても、普段は意識していない「峠」から奈良を見直してみるのも面白いものでした。