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【読書メモ】『万葉考古学』- 地図や歴史的な見方を加えて万葉集を読み解く

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考古学や歴史地理学の視点をまじえて万葉集を読み解く「万葉考古学」の試み。万葉歌の世界観に地図や歴史的な見方を加えていくことで、解像度がぐんぐん上がります。難しい記述もありますが、「ブラタモリ」的な発見もあって面白かったです!

万葉集の世界がより立体的に見えてくる

万葉文化論の第一人者である上野誠先生(奈良大学名誉教授)を中心に、奈良の考古学研究者、福岡の研究者の方々が、新たに「万葉考古学」を切り拓いた本書。

万葉研究を、「コト」「モノ」「アヤ」の3つの観点から総合的にとらえなおす試みを行っています。

  • 「コト」言葉や事柄など、歴史的事実(歴史学)
  • 「モノ」器や古墳など、物質そのもの(考古学)
  • 「アヤ」万葉歌の表現など

万葉学×考古学から、新たなる学問が生まれる!

近年、あいつぐ古代遺跡の発見。多くの遺跡は、奈良と大宰府へと続く道沿いに点在している。その遺跡や道は、万葉集の舞台でもある。都が置かれた奈良はもちろん、大伴旅人・山上憶良らが活躍した九州では、「筑紫歌壇」ともいうべき文芸サロンの花が咲いた。大宰府や松浦などの地名が歌に詠まれるのは、そのためだ。考古学の視点で万葉集を読み解くと、どのような風景が見えてくるのか。都市や交通、境界をテーマとして、第一線の研究者が、今、万葉の世界に迫る画期的な試み。

内容はかなり学術的で、私も理解できない部分は多々ありましたが、万葉の世界を歴史地理学を絡めて見てみると、ある意味「ブラタモリ」的な視点が持てて面白かったです!

【第1章】都市と山越えの万葉考古学
都市と郊外の万葉考古学 / 山越えの万葉考古学 / 万葉の都、 難波・久邇・紫香楽

【第2章】筑紫の万葉考古学
旅立ちの万葉考古学 / 大宰府の内と外の万葉考古学

【第3章】神仙郷の万葉考古学
神仙郷の世界 / 旅する大宰府長官 / 大伴旅人が旅した松浦郡 / 補論 吉野離宮の発掘

第1章「都市と山越えの万葉考古学」では、平城京の周囲の山々について、万葉歌と考古学などの観点から見直しています。

大伴家持の弟・書持が急死した際、平城京の北地域の丘陵・佐保山で火葬されました。本書では、佐保と佐紀の地形的な違い、両者の認識の違い(佐保は葬送の地だった)などが、最新の考古学や歴史地理学の観点から解説されます。

地形図から、佐紀丘陵の地形図などから、南の大和盆地側から見た場合はなだらかな「野」であり、北側の山城国側から見た場合は高い壁となる「山」と認識されていたと。都の中からのイメージと外からのイメージは大きく違っていたとの指摘もありました。

また、かつては平城京の境界であった奈良山。生駒山などと比べると低く、また都から近すぎるため、悲別の山ではなく生活圏内に属していたそうです。その頃の奈良山は平城京造営のため山肌が見える状態だったという歌もありますが、大和側は清浄に保たれていたと推測されています。

こうした視点を積み重ねていくことで、万葉歌の世界がより具体的に思い描かれ、解像度がぐんぐん上がっていくのがわかります。

個人的には、第2章、第3章で語られる、重要な万葉故地・筑紫について土地勘がないので、かなり分かりづらくはありました。いつかそちら方面も巡ってみたいと思っていますので、その予習ですね。

2章「筑紫の万葉考古学」では、いわゆる筑紫歌壇の歌を読み解き、官道の調査結果などを踏まえながら、なぜ大伴旅人の送別会が蘆城や水城などで行われたのかなどが語られます。

3章「神仙郷の万葉考古学」は、かつて「神仙郷」と呼ばれていた吉野と、九州の松浦(まつら)について論じられます。吉野が神仙郷として語られるようになったのは、柘枝(つみのえ)伝説(万葉集 巻3にある)と、雄略天皇が吉野川で美しい童女(おとめ)に出会う伝説が関係しているとか。本書でも解説されていますが、また改めて調べてみたいと思いました。

全体的に、論文集のような面もあるため、決して読みやすくはありませんが、万葉集の世界がより立体的に見えてくるような試みです。興味ある方はぜひ!

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