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【読書メモ】『今昔奈良物語集』自虐的・偏愛的な奈良ネタたっぷり名作文学パロディ

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フォロワー数6万人を超える人気ツイッタラー「卑屈な奈良県民bot」の中の人2号・あをにまるさんのご著書。日本の名作文学をベースに、自虐的・偏愛的な奈良ネタをたっぷり加えたパロディ作品に仕上げています。奈良好きな方は必読!楽しめます!

奈良ネタをたっぷり加えたパロディ作品集

全11篇ある本書ですが、どの作品も奈良を舞台としているため、ディープな奈良の地名がたくさん出てきます(大和八木駅、大和西大寺駅、西名阪自動車道、行基像前、大和郡山市のショッピングモール、源九郎稲荷神社、生駒山頂、高田川の千本桜、若草山、龍王山、桜井駅 などなど)。

ご近所のなんの事のないスポットでお話が展開したりするので、奈良の地元民の方には特におすすめ。登場人物たちが、ことあるごとに気軽に大阪へ出ちゃうのもリアルでいいですね 笑

ガチの昔。竹取の翁といふ陽キャありけり――抱腹絶倒の文学パロディ集!

黒須は激怒した。必ず、かの邪知暴虐のぼったくりバーを除かねばならぬと決意した――。大和八木の実家に暮らす独身無職の黒須は、大阪に住む悪友・瀬川を訪ねる。久しぶりの再会を喜ぶ二人は、一晩飲み明かそうと宗右衛門町のキャバクラへ。しかしそこは法外な値段設定のぼったくりバーだった! 手持ちが足らない黒須は、瀬川を人質として店に残し、奈良の実家へ現金を取りに戻るため走り出す。(「走れ黒須」)ほか全11篇。

●収録作品
・走れ黒須(太宰治『走れメロス』)
・奈良島太郎(『浦島太郎』)
・二十歳(菊池寛『形』)
・ファンキー竹取物語(『竹取物語』)
・大和の桜の満開の下(坂口安吾『桜の森の満開の下』)
・古都路(夏目漱石『こころ』)
・三文の徳(芥川龍之介『薮の中』)
・若草山月記(中島敦『山月記』)
・どん銀行員(新美南吉『ごんぎつね』)
・うみなし(宮澤賢治『やまなし』)
・耳成浩一の話(小泉八雲『耳無芳一の話』)

元ネタとなった作品を読んでいないものもありましたが、ストーリーの概要くらいは知っているものばかりでした。

友人を人質としてぼったくりバーの支払いを取りに帰る「走れ黒須」とか、助けたおじさん(亀田さん)にメイドカフェ(竜宮嬢)へ招待される「奈良島太郎」など。特に文学的知識がなくても十分に楽しめますし、元ネタを知っているものはより笑えます。

個人的に好きな『若草山月記』を簡単にご紹介します。

こちらは中島敦『山月記』のパロディで、元のストーリーは「中国・唐の時代、詩人となる望みが叶わず虎になってしまった男が、その数奇な運命を友人に語る」というもの。こんな書き出しで始まります。

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、カク略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に駆られて来た。

中島敦『山月記』青空文庫より

これが『若草山月記』となると、、、

奈良の市田理一郎は博学才英、平成の末年、齢十四にして全国模試の上位成績者に名を連ね、ついで県下最高峰の進学校、唐招提寺学園へ入学したが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、敷かれたレールの上の人生に甘んずるを潔しとしなかった。
いくばくもなく大学を中退した後、実家へ籠り、ひたすら著作に耽った。社畜となって長く膝を俗悪な上司の前に屈するよりは、ユーチューバーとしての名を死後千年に残そうとしたのである。
されど、動画再生数は容易には揚らず、両親からの圧迫は日を逐うて苦しくなる。
理一郎はここで漸く焦燥に駆られて来た。

今昔奈良物語集『若草山月記』より

原作では友人は荒々しい虎になってしまうのですが、そこはもう若草山ですからね、せんべいを食べるアレになってしまいます。ちゃんと原作の雰囲気を残しつつも、舞台を奈良へ、設定を現代のちょっとアレな感じへと移し、思わずニヤニヤするような作品となっています。

どの作品も奈良の小ネタ(唐招提寺学園とか!)が散りばめてあって、奈良好きであればシンプルに楽しめる内容……なんですが、こんないかにもターゲットの狭そうな内容にもかかわらず、もうすでに重版がかかっているくらいセールス好調なのだとか!すごい!

最後に。
私は今後、高田川の桜を見るたびに黒ネコ「クロ」を思い出すでしょうし、若草山の鹿を見るたびにそんな姿に成り果ててしまった古い友人を連想してしまうでしょう。困ったもんだ 笑