2012-05-10

お顔のレリーフ状の大仏さま『上野大仏』@東京上野

お顔のレリーフ状の大仏さま『上野大仏』@東京上野

上野公園へ行った際に、有名な「西郷隆盛像」よりもお会いしたいと思っていた、数奇な運命を歩んだ大仏さま『上野大仏』にお詣りしてきました。ちょっと変わったお姿になっていますが、ぜひお参りしてみてください。


上野公園といえば西郷さんが有名ですが…

上野駅近くに広がる「上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)」。西郷隆盛像や東京国立博物館、上野動物園などがあることで有名ですが、実はその一角に「上野大仏」と呼ばれる大仏さまがいらっしゃることをご存知でしょうか?

私は、大仏をこよなく愛する神社仏閣ライター「坂原弘康」さんのご著書『大仏をめぐろう』でその存在を知って以来、ずっと気になっていましたが、ようやくお会いすることができました!


上野大仏@東京上野-01

東京上野といえば「アメ横」。賑やかで騒々しい商店街です。ゴミゴミした通りで、驚くほど高い建物は見当たりません

上野大仏@東京上野-02
上野公園の大きな像といえば、ご存知「西郷隆盛像」(Wikipedia)でしょう。1898年に完成し、作者は高村光雲(犬は後藤貞行作)。身長約370cmの巨像です。ちなみに、西郷隆盛の生前の写真は遺されていないため、肖像画や弟の西郷従道の風貌を参考に作ったとか


上野公園の大仏山にある「大佛パゴタ」

この上野大仏とは、上野公園にある洋食屋「上野精養軒」近くにある「大仏山」と呼ばれる丘にあります。短い石段を登ると、正面には「大佛パゴタ」という塔が建っていて、薬師瑠璃光如来像が安置されています。


上野大仏@東京上野-03

そんな上野公園の一角に、「上野大仏」が安置されています。公園内の小高い丘(大仏山と呼ばれていたそうです)の上にいらっしゃいます

上野大仏@東京上野-04
大仏山の上の「大佛パゴタ」。右手の簡素な建物は、お土産屋さんのようにも見えますが、おそらく上野・寛永寺が管理しているもの。お守りなどは販売されていました

上野大仏@東京上野-05
大佛パゴタというと、いかにも大仏さまが居そうな名前ですがここではありません。上野観光連盟が発願し、1967年に竣工した仏堂です。ご本尊は薬師瑠璃光如来、脇侍は日光・月光の両菩薩(旧上野東照宮薬師堂のご本尊だとか)。お薬師さんのお顔も拝見できます

上野大仏@東京上野-07
大佛パゴタの説明


上野大仏さんはお顔だけが残っています

そして、その脇にいらしゃるのが上野大仏さんです。…とはいえ、現在はお顔の部分がレリーフ状になっているばかりで、一般的に連想される大仏とは程遠いお姿に。鎌倉の大仏さんのように、遠目から見えたりもしません。もちろん、全盛期には6mを超す巨像でしたが、悲しい運命に翻弄されて、今から40年ほど前からこの状態で祀られています。



●上野大仏略記

寛永8年(1631年)越後の国 村上城主 堀丹後守直寄公 旧自邸内のこの高台に、戦乱に倒れた敵味方将兵の冥福を祈るために土で釈迦如来像を造立した。

・青銅大仏-明暦・万治の頃(1655~60年)木食僧浄雲師により銅佛に改められた。
・仏殿-元禄11年(1698年)露座の大仏に仏殿が建立された。
・改鋳-天保12年(1841年)火災に遭い、天保14年、末孫堀丹波守直央公が大仏を新鋳し、また仏殿を再建した

大正12年、関東大震災によって佛頭がおち、寛永寺にて保管。その後佛体は解体され、第二次世界大戦時に献納された。

昭和47年、春彼岸、尊顔を再び旧地に迎えて祀り、再建を計る一助とする。

説明看板より

簡単にまとめると、最初の大仏は、1631年、越後村上藩主の堀直寄が造立した280cmの釈迦如来坐像で、粘土を漆喰で固めていました。1647年の地震で倒壊しますが、1655~1660年ごろ、360cmを超える青銅製の釈迦如来坐像を造立され、後に風雨から守る仏殿も建立されます。その後、火事で被害を受けて再建されますが、像高は6mを超える、まさに大仏というのに相応しい大きさになりました。

しかし、1875年になると、上野恩賜公園の整備にともない仏殿が撤去され、1923年の関東大震災の際には頭部が落下してしまいます。寛永寺が保管していましたが、資金難から再建できず、1940年には胴体部分が軍に供出されてしまいます。1972年には、寛永寺に保管されていた頭部がレリーフとして安置され、今の状態となりました。

今でこそ、仏像とは言いづらい形状になってしまいましたが、Wikipediaに掲載されている往年の写真を見ると、とても立派なお姿だったことが分かります。今ではあまり目立つことも少ない大仏さまですが、ぜひ上野へ行った際には、そのお姿を拝んでみてください!


上野大仏@東京上野-08

大佛パゴタのすぐ脇、レリーフ状で祀られているのが「上野大仏」です。この方が三代目で、今はこんなお姿ですが、往年は6メートルを超える、大仏と呼ぶのに相応しい大きさでした

上野大仏@東京上野-09
「上野大仏略記」。今のようなレリーフ状でここに安置されたのは昭和47年(1972年)のこと。ここには「尊顔を再び旧地に迎えて祀り、再建を計る一助とする。」とありますが、再建はされず、そのままの状態で40年ほどもおわします

上野大仏@東京上野-10
上野大仏さんのアップ。両脇に被害に合う前の写真が飾ってあります。さすがに6mを超える仏像ですから、お顔だけでもかなり大きいですね。目が細めで、鼻がやや大きめ。こんなお姿ですが、とても穏やかな表情に見えます

上野大仏@東京上野-11
別角度から



より大きな地図で 上野大仏 を表示


■上野大仏

HP: 参考サイト(Wikipedia)
住所: 東京都台東区上野恩賜公園内


■参考にさせていただきました!

上野の「顔だけ」大仏で合格祈願-「これ以上落ちない」と受験生相次ぐ - 上野経済新聞






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