2017-08-20

【雑文】奈良は大人の街

【雑文】奈良は大人の街

よく言われるフレーズだが、「奈良は大人の街」だ。

子供にはその魅力は伝わらない。修学旅行で奈良へ来たとしても、鹿たちに鹿せんべいをあげて、大仏さまを見上げて「大きいね!」と驚けば、それ以外はあまり彼らの記憶は残らないだろう(かつての私がそうでした)。



「奈良の鹿の愛らしさ」「大仏さまの立派さ」

これらはお子さんでも、日本に関する知識をまったく持ち合わせていない海外からの旅行者の方でも、誰もにも伝わる“奈良のすごいところ”だ。

これだけでも十分にすごいと思うが、やはり京都や大阪などと比べて、「予備知識のない旅行者にも理解しやすい楽しさ」が圧倒的に少ないことは否めない。奈良のすごさに気づくためには、どうしてもある程度の予備知識が必要になる。

何も知らずに見れば、奈良県の天平時代の仏像よりも、京都府の室町時代以降の仏像の方が華やかでキャッチーだろう。金箔や彩色も鮮やかであり、造像からすでに数百年が経過している。日本国内はもちろん、世界的に見ても十分にすごいのだ。

しかし、奈良の静かなお堂で佇んでいるような仏さまは、見た目は決して派手派手しくはない。しかし、千年の時を越えて人々の世を見守ってきたということに想いを馳せると、その尊さに驚愕する。

誰にでもその感動が伝わるわけではない。千年以上も焼けることなく、何千何万という人たちがその仏の前で祈りを捧げ、何名もの仏師が修復を行って次の世代へと伝えてきた、そのイメージが出来るかできないかで、反応はまったく違ってくる。

また、奈良ほど古までくっきりと歴史がたどれる土地も、他にはまずない。古墳時代から奈良時代まで、大和の国は日本の中心であり、飛鳥京や藤原京、平城京と古代の政治や文化が花開いた場所だった。そういった歴史を学んでいなければ、その土地に立とうが想像力が働くはずもない。藤原京など、単なる原っぱにしか見えないだろう。

しかし、そういった点に興味を持ち始めると、奈良はどこまでもはまれる「底なし沼」になる。なにせ、奈良のような場所は他のどこにも存在しない。京都ともまったく違う、オンリーワンの土地なのだ。




奈良に旅行に来て、「奈良なんて楽しくない」と思われたなら、それはもう仕方ない。定番の観光ルートを忙しく見てまわるだけではなく、少し腰を落ち着けてのんびりと味わってみて、それでも合わないことだってあるだろう。きっとまだ早すぎたのだ。

やはり、奈良の良さは、ある程度の歳をとってきて、少しずつ内向きになり、内省的になってくると染みてくるものだと思う。

私自身、もう40の手前くらいから日常的な刺激を必要としなくなった。物欲すら枯れかけた中高年から見れば、大阪や京都は騒々しすぎる。奈良くらいのんびり穏やかに、長い歴史に包まれていることを感じながら過ごせる土地はなかなか見当たらないだろう(滋賀にも同じ空気を感じます)。

無駄なエネルギーを撒き散らしながら生きていた若い頃であれば、都市に暮らすのも苦にならなかった。刺激の多い環境で、放電する以上のパワーが入ってきて、それが活力にすらなった。当時からかなりのインドア派であった自分でさえそうだったのだ。大都市は人を引きつける魅力にあふれていて、その引力には抗えなかった。

しかし、もうそんな時代はとうに過ぎた。正直なところ、いま東京や大阪などで暮らしたいとは思わない。活力のある街は、歩くだけでバイタリティが求められるのだ。都会の喧騒や活気からパワーを得ることは、もう自分には難しい。受けた刺激の分だけ体力を削られて、ぐったりとしてしまう。

これは人間としての停滞であり、まさに“老い”の症状なのだろう。上等だ。




奈良に暮らすということは、決して刺激的でも、エキサイティングでもないかもしれない。しかし、長い歴史の一部として、自然に身を委ねている感覚になれる。

東大寺二月堂の「修二会(お水取り)」であったり、春日若宮の「おん祭」であったり、當麻寺の「練供養会式」であったり、それこそ千年を超えるスケールで続いている。そこに参列して肌身で感じてみると、足元の深い深いところで時間が轟々と流れていくような、ちょっと不思議な感覚に陥ったりもする。

また、その場に居合わせなくても、「今日は特別な一日だ」ということを、同じ大和盆地の片隅から感じられるだけでもいい。練行衆の激しい行が続くお水取りの期間中には、夜の凍てつく空気を思い浮かべる。吉野の桜は、吉野山で愛でてこそ美しいものだが、遠くから夢想するだけで心を癒やしてくれる。

奈良で過ごす時間とは、そういう空気を纏うことだ。さまざまな場所で、いろいろな人たちが捧げる祈りを、心の片隅のどこかに感じながら過ごすことだ。

やはり、「奈良は大人の街」なのだ。






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