2017-03-28

【雑文】「奈良で暮らす」ことの楽しさとは?

【雑文】「奈良で暮らす」ことの楽しさとは?

私自身が、新潟生まれで奈良へ移住してきた人間であり、【奈良に住んでみました】などという余所者感あふれる看板を揚げて活動していることもあって、SNSなどで「私も奈良に住みたいです」というコメントをもらうことが少なくない。

印象としては、やはり関東圏の方が多いように思う。私も明らかに東日本の文化圏で育っているため、その気持は理解できるし、まったく何の違和感もない。「歴史ある古都で暮らしてみたい」「しかも京都ほど混雑していないところがいい」そんな流れで奈良に興味を持ち始める人も多いだろう。

自分のようにふんわりと奈良へ移住してきて、奈良での生活を心から楽しんでいる者にとっては、もっと多くの方に奈良暮らしの良さを吹聴して周りたいくらいだ。




しかし、奈良で生まれ育った人たち(それも観光や商売に携わっていない方たち)と話をしていると、「奈良のどこがいいの?」と、純粋に不思議がられることが珍しくない。

これだけ観光が盛んな県でありながら、「遠くからわざわざ奈良に観光に来る」ということが信じられないというような反応があったりするし、「奈良へ移住する」となると、それ以上に驚かれる。私の場合、妻が奈良県人のため、まだ説明しやすいのだが、純粋に「奈良が好きで、奈良へ移ってきた」ということを理解してもらうのは、なかなかハードルが高いことのように思う。




奈良に生まれ育ってきた方たちにとっては、目に映るものすべてが日常だ。自分が幼いころから見慣れていたものばかりの地元で、他所の人たちがそれをありがたがっている姿は驚きであり、奇異にも感じたりするだろう。「奈良なんて何もないよ」と言いたくもなるし、さらには地元への不満の言葉を重ねたりもする。

もちろん言葉通りの意味だけではなく、そこには謙遜や照れ隠しの気持ちがふくまれているにしても、他所から移ってきた私のような人間にとっては、何とも贅沢な話だと、思わず苦笑してしまう。




私の生まれ故郷は、新潟県糸魚川市だ。細長い新潟県の南西の端に位置し、海と山に囲まれたのどかな土地だ。広々とした田んぼが広がり、大きな工場もある。家々は海沿いの平地の部分に建てられ、少し山側へ入ると結構な積雪があったりする。家に居ながらにして日本海の波音が聞こえてきたりもすれば、窓からはしんしんと降るぼた雪が見えたりする。厳しくも美しい土地だ。

この町を紹介するとき、私は「海以外には何もないですよ」という。謙遜でも何でもなく、偽らざる感想だ。しかし、よくよく考えてみれば、景勝地もあれば温泉施設やスキー場もある。何もないはずがない。

しかし、それは私にとっては「他所と比べて見劣りするもの」でもある。もっと規模の大きい温泉はいくらでも知っているし、そう遠くない距離に充実したスキー場だって営業している。他所の人たちに胸を張って紹介できるようなものだとは認識していないのだ。

おそらくは、奈良に生まれ育った方たちも、これと同じ感覚なのだろう。

京都ほど街の規模は大きくないし、大阪ほどきらびやかな商業施設もない。奈良に足りない部分を挙げていったらキリがないほどだ。生まれ育った地元に対する反応は、どうしてもこうなりやすいものだ。




しかし、奈良へ惹きつけられる者たちの目線は、それとはまったく違う。

奈良のように「オンリーワン」がごろごろと存在している場所なんて、他にあるものではない。 世界遺産に認定されているような有名スポットはもちろんのこと、美しい自然があり、四季折々の風景がある。

そして、いまは何もないように見える場所であっても、長い間営まれてきた分厚い歴史の積み重ねがある。古代から中世、現代まで、この土地で連綿と歴史が続き、しかもその多くの部分は文献や資料なり、遺物なりが遺されている。たかだか数十メートルの小さな山は、古来から神の山と崇められてきた山であり、目の前を流れる細い川は、歌人たちが憧れを持って詠んだ川なのだ。

ちょっと視点を変えるだけで、奈良に対する評価は大きく違ってくる。(物理的にも、比喩的な表現としても)「掘れば掘るほど何かが見つかる」土地など、他には存在しないのだから。

奈良には、大阪や京都のように、他から人を呼び寄せるような大きな商業施設はない。飲食店の絶対数も少ないし、県庁所在地からは映画館も姿を消した。車がないと生活も不便だったりもする。

しかし、奈良の魅力はそういったものとは別の次元に、確かに存在しており、今なお多くの者を惹きつけている。 奈良を地元として生まれ育った方たちにはちょっと理解しづらい部分かもしれないが、それくらい大きな引力のある土地なのだ。




(※以下、便宜的に「都会・田舎」という言葉を使いますがご容赦ください)

移住の形にもいろいろとあって、「都会から奈良へ」というパターンと、「田舎から奈良へ」というパターン、どちらかなのかによっても大きく違うかもしれない。

大きな商業施設が立ち並ぶ都市部から奈良へ移ってきたら、不足しているものが目についてしまうのは仕方ない。しかし、田舎から奈良へ移ってきた人(※地方都市の出身者で首都圏に暮らしていた人なども)であれば、地方都市への過度な期待も少ないはずだ。無いものは仕方ないし、それが普通のこととして受け入れることができるだろう。

いずれのパターンにしても、奈良は他の都市とはまったく違う「オンリーワンの土地」であることを、大きな魅力として感じられる者にとっては、たいした問題とは捉えられないはずだ。

大都市・大阪へもすぐに出られる。一大観光都市・京都からも遠くない。そういったごちゃっとしたものを県外にお任せしているからこそ、奈良の生活はゆったりのどかだ。 歴史ある文化財や広い空。そんな大切なものを守るためのトレードオフだと考えれば、それも悪くない。

もちろん、県内では職が見つかりづらかったりもする。消費による税収が伸びなかったりといった弊害もあり、由々しき事態であることも確かだ。

奈良に暮らしたとしても、決して毎日楽しいばかりのバラ色の生活が始まるはずはない。それでも、のどかな古都の空気に触れながら生活できるということは大きな喜びであるし、奈良を地元にした者にしか味わえない高揚感、そして敬虔な気持ちも湧いてきたりする。

奈良での生活に憧れている方々には、ぜひいつかその夢を実現してほしいと思う。







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