2017-06-23

【雑文】ライターとして生活するということ

【雑文】ライターとして生活するということ

ありがたいことに、もう二十年近くも「自営業者(≒ライター)」として生活させてもらっている。どこの企業に所属したりせず、ほぼ自宅で仕事ができて、その収入でメシが食えている。我ながら運のいいことだと思う。


若い頃からとくに将来の夢などを思い描いたこともなかった。両親とも会社勤めという家庭で育ったため、大人は毎朝出勤して当然なのだと思っていた。まさか自分がフリーランスとしてなにかをやっていくなんて、想像したことすらなかったのだ。

もちろんずっと順風満帆だったはずもない。30を過ぎてフリーになった(というか、ほぼ無計画で退職した)当初は、アルバイトで生計を立てていた時期もあった。まさかこの歳になってフリーター生活が始まるとは思ってもおらず、さすがに不安だらけだった。「この生活がずっと続くのか?」と、深夜の佐●急便さんの集配所で働きながら、空恐ろしくなったものだ。

しかし、少しずつライター業が軌道に乗り、なんとか現在に至っている。タイムマシンがあるなら、真っ先にフリーター時代の自分に会いに行って、「まぁ何とかなってるよ。諦めるな。」と伝えてやりたい。きっと、その当時の荒んでいた自分は「うっさいわ、ボケ!」くらいにしか思わないんだろうけど。




とはいえ、今でも生活は安定しているわけではない。それほど深刻なものではないにしろ、長期スパンの仕事が続いた時期などは、営業資金が底をつきかけたりもする。夫婦で「来月の生活費、やばいかも……」なんて会話すらしたこともある(つい昨年のお話です)。フリーになりたての頃にはよくあったことだけど、もう初老に差し掛かった年齢ともなると、その意味合いが変わってくる。“笑っている場合ではない”感がひしひしとのしかかってくるのだ。

おかげさまで最近、クライアントさんから便利に使っていただいていて、お仕事も増えている。収入もささやかに微増を続けている。近い将来のことだけを考えるならば、大きな問題はない。しばらくは目覚めの悪い(無駄にリアルなお金に関する)夢にうなされずに済みそうだ。

しかし、そんなささやかな安定と引き換えに、自由にできる時間もかなり売り渡しているのも事実だ。「もういい歳なんだからそれも仕方ない」と思う反面、「貧乏しながらでもずっと好きなように活動したい」そんな思いもある。いつまで経っても、「こんなに真面目に働くために自営業者になったわけじゃない!」と(小さな声で)言いたくなったりもする。




そんなことを考えながらも、いま現在の生活は、これまでの人生の中で一番楽しい。これだけは断言できる。

学生時代に学校にも行かずにだらだらと過ごしていたころとくらべても、圧倒的に充実している。サラリーマン時代にしんどい思いをしたころとくらべれば、まるで天国にすくい上げてもらったかのようだ。

そんなことを考えると、人生なんてどう転ぶかわからない。第一志望に落ちても、営業成績が悪くて追い込まれても、それはそれ。あとから考えれば、それもひとつの経験に過ぎなくなる。人生のピークなんていつ来るかは誰にもわからない。中高年になってから活き活きしてくる私のようなパターンだってあるのだ。




とときどき、「いまの自分の姿は、昔の自分(おもに20前後の大学生の頃)に見せて恥ずかしくないだろうか?」と考えたりもする。

決してビッグな人間にもなっていないし、才気あふれる天才型どころか、地道さが売りの努力型だったことが明らかになった。忙しい日には、朝起きてまっすぐにパソコンの前に向かい、一日中座りっぱなしで締切に追われていたりする。生え際は後退、老眼は進行、腰痛は友達だ。

当時思い描いた「かっこいい大人像」とは大きくかけ離れているが、それでも人生、意外と悪くないものだ。ケ・セラ・セラ。










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