2014-11-11

歌人・西行が愛した奥千本『西行庵』の紅葉@吉野山

歌人・西行が愛した奥千本『西行庵』の紅葉@吉野山

吉野山の奥千本にある『西行庵(さいぎょうあん)』。こよなく花を愛した、平安~鎌倉時代の歌人「西行」が庵を結び、この地で3年を過ごしたとされる場所です。春は桜の名所として知られており、この日は見事な紅葉が観られました!西行が水をくんだ「苔清水」もすぐ近く。山奥の寂しい場所で、西行がここで過ごした当時の様子をあれこれ想像してきました。


花を愛した西行法師が隠棲した場所

吉野山の最奥部、奥吉野にある『西行庵(さいぎょうあん)』。春は桜、秋は紅葉の名所として知られています。

観光客が訪れるような場所としては、吉野山の中でももっとも奥地にあり、ロープウェイ「吉野山駅」から徒歩で約2時間ほど。吉野大峯バスに乗って、終点の「奥吉野(奥千本口)」で下車、そこから徒歩20分ほど歩くのが一般的です。

『西行庵』とは、平安時代末から鎌倉時代にかけて生きた歌人「西行法師(さいぎょうほうし)」(Wikipedia)が、ここで3年ほど隠棲した場所とされています。当時と今では状況が違いますが、そこがいかに厳しく寂しい場所であったのか、ひしひしと伝わってきました。


『西行庵』の紅葉@吉野山-01

奥千本口のバス停前には、奥吉野の『金峰神社』の鳥居「修行門」があります。桜の季節とは違い、ここまで車で登ることもできますが、基本的に駐車スペースはありません

『西行庵』の紅葉@吉野山-02
急な坂道を5分ほど上ると『金峰神社』の鳥居前に出ます。左手を少し行くと「源義経のかくれ塔」があります。右手の道を選ぶと西行庵の方面へ向かいます。ここからさらに20分ほど歩きます

『西行庵』の紅葉@吉野山-03
山道の入口部分にあったマップ。西行庵への近道に見える向かって右手の道から進み、ぐるりと一周するコースになっています。桜の季節は順路に従って周ります。私たちはルートが閉鎖されていると勘違いしてしまって、行きも帰りも左手のコースを使用しました

『西行庵』の紅葉@吉野山-04
最初は石畳と石段が整備されています。路面が濡れているとだいぶ滑りやすいのでご注意を。この先でルートが分岐します

『西行庵』の紅葉@吉野山-07
左の「安禅寺蔵王堂跡(宝塔院跡)」方面へルートをとると、すぐにこんな風景に。「奥吉野シロヤマザクラ再生プロジェクト」として、杉の木を伐採し、桜の木を植える作業が続けられています

『西行庵』の紅葉@吉野山-08
すぐに「安禅寺蔵王堂跡(宝塔院跡)」の四阿(あずまや)が見えてきます。今は何もありませんが、明治の廃仏毀釈が起こるまで、大小の寺院が点在していたのだとか。現在は金峯山寺蔵王堂の内陣に客仏として祀られている、身の丈4mあまりの「木造蔵王権現立像」(重文)も、この辺りにあった安禅寺蔵王堂のご本尊だったとか

『西行庵』の紅葉@吉野山-12
さらに進むと「四方正面堂跡」へ出ます。吉野山を背に3方向が開けた場所に建っていたお堂のようです。今では何もありませんが、西行がここに庵を結んだ鎌倉時代初期ごろには、修験者や僧侶などの姿も少しはあったんでしょうね

『西行庵』の紅葉@吉野山-13
「四方正面堂跡」の近く。杉から桜への植え替えが進んでいます。平日の午後だったため、作業中の林業関係者の方たちの姿も多く見かけました。ちょっと殺風景な印象ですが、吉野山の将来のために必要な作業ですので暖かく見守りましょう

『西行庵』の紅葉@吉野山-10

『西行庵』の紅葉@吉野山-11

『西行庵』の紅葉@吉野山-14


西行が歌に詠み、芭蕉も訪れた「苔清水」

しばらく進むと「苔清水(こけしみず)」という水場に出ます。

近くの『西行庵』へ3年間(おそらくは冬以外)隠棲した西行は、ここの水を汲んで使用していました。吉野の桜を愛した西行は、ここでたくさんの美しい歌を詠みましたが、この苔清水を詠んだ歌も伝わっています。

とくとくと落つも岩間の苔清水
汲みほすほどもなき住居かな
とくとくと岩間から苔清水が湧いてきているが、独り小さな庵に暮らす私には汲んでゆくほどもないことだ

小さな庵の一人暮らしでは、それほど多くの水も必要なかったはずですから、一日一度ほど、苔清水までの細い山道を歩いて水を汲んでいたのでしょう。

また、西行を敬慕していた江戸時代の俳人・松尾芭蕉は、ここへ2度も訪れています。「とくとくの清水は昔にかはらずとみえて、今もとくとくと雫落ける。」(野ざらし紀行)と記し、以下のように詠んでいます。

●「露とくとく試(こころみ)に浮世すすがばや」 (野ざらし紀行)
●「春雨の 木下(こした)につたふ 清水哉」(笈の小文)


『西行庵』の紅葉@吉野山-15

西行も使った「苔清水」。苔むした岩から清らかな水が流れています。向かって左手には、松尾芭蕉が詠んだ「春雨の 木下(こした)につたふ 清水哉」の石碑が建っています

『西行庵』の紅葉@吉野山-16
竹で作られた樋から、今でも清水が流れ落ちていました。手を濡らしてみると、驚くほど冷たかったです。今から約八百年も昔、心から吉野の桜を愛した歌人がここの水を汲んでいたかと思うと、不思議な気持になりますね

『西行庵』の紅葉@吉野山-18
向かって右手にも石碑があり、判別しづらくなっていますが、芭蕉の「露とくとく試に浮世すすがばや」のようです


見事な紅葉!ひっそり小さな庵です

「ねがはくは花の下にて春死なん そのきさらぎのもち月の頃」という有名な歌で知られる西行(この歌は晩年、河内・弘川寺で詠まれたもののようです)。もとは武士でしたが出家し、月と花を愛する漂白の歌人として全国を旅し、吉野山にも何度も入山していました。

吉野山では花の歌を六十余首も詠んだとされており、そのいくつかを挙げてみます。

吉野山 こぞのしをりの 道かへて
まだ見ぬかたの 花を尋ねむ
吉野山の去年に枝折(しおり)して目印をつけておいた道とは道を変えて、まだ見ていない辺りの花を探しに行こう
吉野山 梢の花を 見し日より
心は身にも そはずなりにき
吉野山の梢の花を見てからというもの、私の心は肉体を離れたようになってしまった
何となく春になりぬと聞く日より
心にかかるみ吉野の山
春になったと聞いた日から、どことなく吉野山のことが心にかかる


その西行が結んだとされる『西行庵』は、本当に小さな庵です。この山奥に、八百年も前の建物がそのまま残っているとは思いませんが、自然木をそのまま使った素朴な建物で、とても雰囲気がありました。

中央には西行の姿を写した木造がありますが、まさにここに座って花々が咲き誇り、そして散っていく姿を見つめていたのでしょう。美しい紅葉に囲まれた様子を見ていると、隠者としての生活に憧れもあり、厳しい自然環境への不安もあり、いろいろと想像が広がりました!


『西行庵』の紅葉@吉野山-20

紅葉のピークを迎えた、奥吉野の『西行庵』。手前の木も大きいのですが、その向こうの庵の小ささが際立ちます。こんなところにずっと一人で過ごすことを考えると、いろんな不安もありそうですね

『西行庵』の紅葉@吉野山-22

『西行庵』の紅葉@吉野山-23

『西行庵』の紅葉@吉野山-24

『西行庵』の紅葉@吉野山-25
西行庵の内部には、印を結んだ西行の坐像が安置されています。柱には自然に曲がった木を使ってあり、いかにもそれっぽいですね。雨戸などもありませんし、ずっと雨風が吹き抜けているようです

『西行庵』の紅葉@吉野山-26
西行庵に建っていた歌碑。「とくとくと落つも岩間の苔清水 汲みほすほどもなき住居かな」の歌が刻んであります

『西行庵』の紅葉@吉野山-21
西行庵についての説明看板


「高城山展望台」の紅葉がピーク

『西行庵』の紅葉@吉野山-29
見晴らしのいい「高城山展望台」は、その昔、後醍醐天皇の皇子・護良親王が砦とした場所たとか。歩道の周りは紅葉の木が植わっていて、燃えるような赤に染まっていました!

『西行庵』の紅葉@吉野山-30

『西行庵』の紅葉@吉野山-32

『西行庵』の紅葉@吉野山-33


「花矢倉展望台」からの秋の夕暮の景色

『西行庵』の紅葉@吉野山-36
吉野山をさらに下り、吉野水分神社の下くらいにある「花矢倉展望台」。金峯山寺など、吉野を一望できる絶景ポイントで、春の桜の季節には眼下がほのかな桜色に染まります。もう夕方になり、淡く霞んだ光景が観られました

『西行庵』の紅葉@吉野山-38

『西行庵』の紅葉@吉野山-39
花矢倉展望台のさらに少し下のカーブから


■西行庵

HP: 参考サイト(吉野町)
住所: 奈良県吉野郡吉野町吉野山
電話: 0746-32-3081(吉野町役場 経済観光課)
アクセス: ロープウェイ吉野山駅から、吉野大峯バス「奥吉野(奥千本口)」下車、徒歩20分ほど


■参考にさせていただきました

西行 - Wikipedia
近畿日本鉄道|スポット情報 西行庵


■関連する記事










  • Twitterでフォローする
  • Facebookページを見る
  • Instagramを見る
  • ブログ記事の一覧を見る







メニューを表示
ページトップへ