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【読書メモ】怨霊とは何か – 菅原道真・平将門・崇徳院 (中公新書)

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恨みをもって亡くなった霊魂「怨霊」は、祟りや災害を引き起こすと考えられてきました。本書では “日本三大怨霊” のお三方、菅原道真・平将門・崇徳院が、どのように人々を恐怖に陥れ、どのように鎮魂されたのかなどを解説しています。悲劇的であり、喜劇的であり。面白いです!

社会を揺るがした日本三大怨霊の皆さん

「怨霊(おんりょう)」は、恨みをもって亡くなった霊魂によって、個人に祟ったり、疫病や災害を引き起こすなどと考えられた存在でした。本書ではその起源から、日本三大怨霊と呼ばれた菅原道真・平将門・崇徳院のお三方が、どのように人々を恐怖に陥れ、どのように鎮魂されたのかなどを解説しています。

以前も読んでいますが、とても良かったので久々に再読しました(過去記事)

現代においては、怨霊の存在はほぼ信じられていませんが、古代・中世の人々にとってはとてもリアルで、国を挙げて怨霊対策を実行するほどでした。それほどの重要案件だったのです。

国家規模での怨霊的なものとの関わりは、おそらく悲劇の宰相・長屋王が始まりで、その後も早良親王などが怨霊化して扱われます。また、怨霊を鎮めるために玄昉や最澄・空海などが慰霊を行っています。民間でも霊的な存在はずっと意識されており、人々にはあって当然のものだったようです。

日本三大怨霊と呼ばれるようになった皆さんですが、個々の事例がわかりやすく解説されていて、三者三様で面白いです。

反乱を起こした平将門以外のお二方は、少なくとも恨みを抱いて死んでいったということはなく、仏門に入って穏やかに亡くなったとか。しかし、生き残った都人に不幸が起こったり、天変地異が続いたりすると、「これは怨霊の仕業に違いない」と噂になり、鎮魂のために儀礼が行われ、社寺が建立され…というような流れになります。

菅原道真公に関しては、いまやほぼ100%「学問の神様」という認識で、怨霊と化して清涼殿に雷を落とした祟り神とされた過去など忘れ去られています。時代によって変節していくのが面白いですね。

また、のちの時代にも怨霊とされた人物は多数いて、奈良とも関わりの深い護良親王や後醍醐天皇も怨霊として恐れられました。また、御霊神社などでは怨霊と化した方々(井上皇后・他戸親王・早良親王・藤原広嗣・伊予親王・橘逸勢など)を鎮めるためのお社ですし、とても身近な存在であるともいえるでしょう。

現代人から見たら非合理的に思える「怨霊」の存在ですが、歴史上では大きな意味がありました。面白いです!

【メモ】承平・天慶の乱(平将門と藤原純友)が鎮圧された直後の天慶八年(945)、民衆による宗教運動「志多羅神入京事件」が起こった。志多羅神などと呼ばれる諸神が東西の国から入京するという噂がたち、騒然となったとか。調べたい。

【メモ】平将門に新皇の位を授けようと示したとされたのが八幡大菩薩。菅原道真の上役のような存在。天照大神を系譜を引く天皇家の傍流として、八幡神は軍神的な役割を期待された。道鏡を天皇にというご信託を与えたのも宇佐八幡宮。反権力の祟り神としての側面もあった。

なお、同じ著者の前作『跋扈する怨霊―祟りと鎮魂の日本史 (歴史文化ライブラリー) 』(過去記事)もとても興味深い内容です。こちらでは長屋王や早良親王などにも詳しく触れられていますので、あわせてぜひ!

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