万葉びとの奈良 (新潮選書)
万葉歌から平城京に暮らした人々の生活ぶりを読み解く一冊
万葉学者の上野誠先生が、万葉集の歌からキーワードを抜き取って平城京の人々の生活ぶりを読み解く一冊。最後まで面白く読了しました。
平城京に暮らしていた沢山の人々の生活は、現代人には肌感覚として理解しづらいものも多いもの。例えば、遷都によって都を移る心情だとか、ミヤコの人々が飛鳥を遠くに思う感覚は独特のものがあるはずです。万葉歌からその感情の起伏を読み取っているため、少しだけリアルに感じられますね。
例えば、飛鳥から平城京へ遷都した後、現在の元興寺付近は「飛鳥」という地名になりました。有名な女流万葉歌人の大伴坂上郎女は、平城遷都の時に9~14歳だったそうですが、彼女が新旧の飛鳥の土地を比べて、こんな歌を詠んでいます。「故郷の 明日香はあれど あおによし 奈良の明日香を 見らくも良しも」(故郷の飛鳥もいいけど、平城の飛鳥もいいものよ)いかにもこの世代の女の子という印象ですよね。
また、下級官吏が詠んだとされる歌の紹介も面白かったです。「このころの 我が恋力(こひぢから) 記し集め 功に申さば 五位の冠」(恋を成就させるためにかかった苦労を書き集めて勲功として上申したならば、五位の位にも叙せられるほどである)。当時の平城京は男性が多かった可能性が高いため、下級役人の恋路は大変だったとか。この「五位」という役職は、平城京全体のわずか0.05%、平城京の人口は約10万人とされているので、わずか50人というエリート中のエリートだったことになります。こう聞くとリアルに感じられますよね。
また、現代の奈良の特徴についても触れられるのも面白いですね。県庁所在地であり三十八万人が済む奈良市も、駅前にデパート一つあるわけではなく、他所から来て驚く人も多いはず。しかし、それは奈良の商業地がJR・近鉄奈良駅、西大寺駅と3箇所に分断されているから、という理由だけではなく、「都市機能をみんな大阪と京都に押しつけて、奈良は無理せず悠々自適に生きている街だ」なんていい方も紹介されています。確かにこれこそ私が奈良が好きな理由でもあるので、腑に落ちた感がありました(笑)
題材が題材だけに、誰にでもオススメできる内容ではありませんが、万葉集好きな方は手にとってみて損はない一冊だと思います。