2012-12-20

奈良県が選ぶ「古事記出版大賞」受賞作などを読みました

奈良県が選ぶ「古事記出版大賞」受賞作などを読みました

古事記編纂1300年の締めくくりに、奈良県が優れた古事記関連書籍を表彰する「古事記出版大賞」を選びました。大賞に選ばれた『別冊太陽 古事記』、稗田阿礼賞の『古事記 不思議な1300年史』、太安万侶賞の『マンガ 遊訳 日本を読もう わかる古事記』などを読んでみました。さらに、個人的に大賞をあげたい『ぼおるぺん古事記』シリーズと、安彦良和さんが描く英雄譚『ナムジ―大国主』などのコミック作品も簡単にご紹介しておきます。


過去5年の古事記本の中から選ばれました

2012年は「古事記編纂1300年」でした。奈良県では記紀・万葉プロジェクトの一環として、優れた古事記関連書籍を表彰する「古事記出版大賞」を選びました。

対象は、過去5年間(2007年9月~2012年8月まで)に刊行された古事記関連の書物です。全国の図書館司書約140人から書名を挙げてもらい、得票数が多かったものを奈良・大阪の書店員が審査しました。

大賞に選ばれたのは、ビジュアルが美しい『別冊太陽 古事記』。奈良県立図書情報館長の千田稔さんが監修なさったものです。


 大賞受賞作について、県ならの魅力創造課の担当者は「写真が美しく、うんちく的な話も豊富で、行ってみたいと思うような編集が評価された。関連本には古事記の上巻、神代を扱ったものが多いが、別冊太陽は中下巻も含めて幅広く取り上げ、奈良県が表彰するにふさわしかった」と話す。

 大賞のほか、親しみやすさや興味深さの観点から、「太安万侶(おおのやすまろ)賞」(賞金30万円)に西日本出版社の「日本を読もう わかる古事記」、「稗田阿礼(ひえだのあれ)賞」(同)に新人物往来社の「古事記 不思議な1300年史」をそれぞれ選出。古事記の舞台となった島根、宮崎両県にゆかりの本を選ぶ「しまね古代出雲賞」(同20万円)には筑摩書房の「はじめての日本神話 『古事記』を読みとく」、「宮崎ひむか賞」(同)に鉱脈社の「古事記 神々の詩」を選んだ。


■ニュース記事

古事記出版大賞:「古事記、通して読んで」 受賞者ら魅力語る 奈良で表彰式 /奈良- 毎日jp(毎日新聞)
「古事記出版大賞」に「別冊太陽 古事記」 奈良県 - 本のニュース | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト


選ばれた5作品の全てを読んだわけではありませんが、奈良県主催のため、大和が舞台になっている古事記の中つ巻・下つ巻までしっかりと描かれているものが選ばれたようです。私はその何冊かはすでに読んでいますので、感想をまとめておきます。


中級者以上の方にオススメ『別冊太陽 古事記』

古事記出版大賞に選ばれたのは、『古事記 (別冊太陽 日本のこころ 194)』(別冊太陽 古事記)です。

この別冊太陽のシリーズは、ビジュアルもテキストも素晴らしく、毎回クオリティーの高い誌面づくりをしています。内容はやや専門的ですので、初心者の方がいきなり読んでも分かりづらいと思いますが、私はとても楽しめました。


『古事記』編纂1300年に合わせて登場した、別冊太陽の古事記特集号。奈良県立図書情報館館長の千田稔さんが監修しています。このシリーズらしく、誌面を贅沢に使った美しいビジュアルが印象的です。

商品紹介には「古代の人々がつくった世界をイメージたっぷりの写真と平易な解説で紹介する入門書」とありましたが、硬派な作りで難易度は高め。古事記のストーリーを順に追っていますが、予備知識がない方が最初にこの本を手にとったとしても、ほぼ理解できないかもしれません。大まかにでも話の流れや登場人物を把握してから読むと、読み応えはありますね。

本書では、ストーリーの説明部分も強弱があって、重要と思われる部分が軽めにスルーしてあったかと思ったら、妙に細かい描写が残されていたり、その塩梅も面白かったです。例えば、海神の宮へ釣り針を探しに行った火遠理命(ホオリ。山幸彦)は歓迎され、「アシカの皮の敷物と絹の敷物を八重に重ねた上に座らせてもてなし」というような表現があります。アシカの皮だったんだと驚くような発見もありますが、その後の海幸彦を懲らしめるシーンなどはサッと終わらせるなど、かなりメリハリが効いている印象でした。

また、千田さんによる「序文に探る『古事記』誕生の真相」「伊耶那岐命 伊邪那美神 神話の原郷」など、古事記の世界の学術的な研究成果をまとめたコラムも読みやすくて良かったです。読み手の世界観を広げてくれます。その他の方の「古事記における伊勢神宮」「英雄の物語と歌謡」「姿を見せない神-三輪山の大物主神」などの読み物もいいですすし、ゲストの詩人の伊藤比呂美さん、古典エッセイストの大塚ひかりさん(テーマは「古事記の性とうんこ」です!)らのエッセイも楽しく読めました。

古事記の記述を荒唐無稽な作り話として批判的に見ていない点も好感が持てます。全くの初心者の方にはやや難しいと思いますが、古事記関連本の2~3冊目あたりに読んでみるといいでしょう。

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■元の記事
http://small-life.com/books/12/07/0721.php


渋い良書です!『古事記 不思議な1300年史』

稗田阿礼賞に選ばれたのは、秘密の書・日本書紀の副読本・国家神道の聖典など、この1300年間の古事記の読まれ方の変遷を紐解いた
古事記 不思議な1300年史』です。

古事記の知識はもちろん、歴史的な基礎知識も必要になりますが、この本は面白かったですね!日本最初の史書としてずっと読み継がれてきたのかと思いがちですが、全くそんなことはありません。古事記を取り巻く歴史的な変化が理解できて、夢中になって読みました。



2012年で編纂1300年を迎える「古事記」。神話と歴史を伝える日本最古の書として、今では誰もがその名前を知るようになりましたが、1300年の歴史を紐解いていくと、決してずっとそんな扱いを受けてきた訳ではなかったようです。そんな古事記の各時代ごとの読まれ方について分かりやすく概略した内容で、これが面白い!古事記編纂1300年を記念して奈良県が選んだ「古事記出版大賞」にて、「稗田阿礼賞」を受賞しただけのことはありますね。

説明文:「誰が古事記を読んだのか。『日本書紀』との違いは?本居宣長以前は誰も知らなかった?皇国史観のもとで間違って理解されていた?―謎に包まれた、その歴史に迫る。」

日本の国の成り立ちから語り起こす古事記は、1300年前からずっとメジャーな史書として読み継がれてきたようなイメージがありますが、決してそんなことはありません。

明治維新の後、国家神道の聖典として扱われたため、戦後は軍国主義の元凶のように扱われ、教育現場から排除されてきたことは有名です。その基本となったのは、江戸時代中期に本居宣長が著した「古事記伝」。さらに遡ると、古事記の原典をそのまま解釈するのではなく、独自の見解を付加して中世神話というような独自の(=勝手な)解釈がされていたとか。さらに遡ると、日本の正史を伝える「日本書紀」の陰に隠れて、真っ当な史書とではなく、ただの参考文献扱いをされていた時代が続いていたそうです。

本書では、古代から現代までの古事記の扱われ方の変遷が見られ、その時代ごとに大きな違いがあることが分かります。今私たちが当然と思い込んでいる歴史観は、決して長く続いたものではなかったことが思い知らされますね。

平安時代には、古事記は日本書紀を理解するためのサブテキストのような扱いを受け、中世になると、一般人はもちろん、貴族や神官の目にも触れない秘書となっていたとか。伊勢神宮でも、外部への持ち出しは固く禁じられていたのはもちろん、禰宜たちでも60歳未満は閲覧できなかった時代もあったそうです(伊勢神宮の内宮と外宮の争いが絶えなかった混乱の時代でもありました)。

しかし、江戸時代になると印刷技術が発達し、古事記も一般に出回るようになります。古事記が刊行されたのが1644年のこと。本居宣長は、18世紀に京都の書肆(しょし。本屋さんのようなもの)で、現代の私たちと同様に古事記を購入して読んだのだとか。また、日本中が国家神道一辺倒だった昭和初期にも、意外と当時の人々は古事記のことは知らなかったそうです。当時の官吏採用試験でも神武天皇の東征を全く説明できなかったものがいたことなどが紹介されています。

1300年の歴史を俯瞰していく作業は、とても刺激的で新鮮でした。テーマがテーマですから誰にでも勧められるような内容ではありませんが、古事記の大まかな内容を理解した上でぜひ読んでみて欲しいと思います。


<気になったところをメモ代わりに>

●中世の神仏習合の時代にあっても、伊勢神宮では仏教はタブーとされ、僧侶は二の鳥居までしか入れなかった。西行法師の有名な歌「何事の おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」も、それを踏まえた上だとニュアンスが変わってきますね

●本居宣長は、近代的な文献実証を行った方だと思われているが、古事記本文から離れて自己流に神話を読み替えることも多かった。平安時代以降の「中世日本紀」(読み手が新たな解釈を付け加えるのが普通だった)に近かった。

●本居宣長の弟子を名乗った平田篤胤。「世界中の神話は全て日本の神話の断片や変形したものだ」(インドの阿修羅王はスサノヲとオホクニヌシの神話が混合したもの、など)といった説を唱えた。彼は出雲のオホクニヌシを死後の魂を管理する幽冥界の神と解釈し、現代の出雲観に大きな影響を与えた。

●明治時代に来日したイギリス人チェンバレンによって、古事記の英訳版が発売に。それを読んで来日したのがラフカディオ・ハーン(小泉八雲)。来日当時はこの両者は親しくしていたが、現代科学的に(ネズミがしゃべるのはおかしい、など)解釈するチェンバレンと、出雲大社に(平田篤胤的な)死後を司る神の神殿のイメージを感じた小泉八雲は、後に疎遠になっていったとか。


■元の記事
http://small-life.com/books/12/12/1821.php


入門書『マンガ 遊訳 日本を読もう わかる古事記』

太安万侶賞に輝いたのは、漫画と分かりやすいテキストが特徴の『マンガ 遊訳 日本を読もう わかる古事記』です。

330ページとボリュームがありますが、とても読みやすいです。天地創造から、天皇の治世となり皇位が継承されていくまでを丁寧に描いていいるため、古事記の入門書には最適ですね。


難解な古事記のストーリーを、漫画と分かりやすいテキストで解説していく、充実の入門書。神が生まれ日本の島を形作る天地創造から、天皇の治世となり皇位が継承されていく時代まで(欠史十代と言われる推古天皇の時代まで)が、約330ページというボリュームで描かれています。

説明文:「日本人なら読んでおきたい、いにしえの歴史書、古事記。古代の人たちが何に悩み、何で戦ったのか、猥雑で本能的な営みの中から生まれた歴史、古事記が伝えようとしたものは何なのか、ぜひ、本書を読んで考えてみて下さい。 つだゆみさんのマンガで理解し、劇作家村上ナッツさんの文章でうなる。 監修には大阪府立大学の村田右富実に入っていただき、最新の研究結果を踏まえたアドバイスを随所にいただきました。 古事記を読んでみたいと思ったら、まず、本書をお読みください。古事記の世界に簡単に浸ることができます。そうすると、不思議、他の古事記の本もすらすら読むことができるようになります。」

もともと古事記は上中下の3巻あり、上つ巻は神々の時代、中つ巻では初代・神武天皇が登場、下つ巻は第十四代・仲哀天皇とその后・神功皇后の時代から描かれます。一般的な古事記の解説書では、もっとも古事記らしい部分といえる、神武天皇が東征を成し遂げて橿原宮で天下を治めたあたりで終わってしまうことが多いのですが、本書ではしっかりとその後も続いています。その点は高評価ですね。

基本的に、見開きの右側ページはテキスト、左側ページが漫画です。テキストも分かりやすい注釈が同じページに書いてありますので、とても読みやすいですね。歌の意味、系図などがページを必要なタイミングでページをめくらずに見られるので、登場人物が覚えづらいというストレスも軽減されます。また、ホオリ(いわゆる海彦山彦)の欄外には、綿津見宮で兄の存在を3年間も忘れ去ったことに対して、「3年も忘れるってひどくない?」とツッコミを入れていたり、肩肘張らずに気軽に読めますね。

巻末には、神々の系図や、天皇家の系図、日本各地の神話ゆかりの地マップ、歴代天皇の宮跡のマップなども掲載されています。また、監修者の村田先生の後書きのようなコーナーでは、本書の3つの読み方が提案されています。

[1]古事記を初めて読む方は、面白そうな絵のページから [2]古事記を神話だと思っている方は、中下巻以降から [3]古事記に詳しい方は、自分の解釈と比較しながら。

まさにその通りですね。慣れない方が最初から丁寧に読もうと思うと、いきなりややこしい名前の神々がたくさん登場してきて(しかも登場シーンはここだけ)、早々に挫けてしまうことも多いでしょう。面白そうなところから適当にパラパラッとページをめくってみるといいですね。

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『はじめての日本神話』と『古事記神々の詩』も

●「しまね古代出雲賞」に選ばれた、古代の人々が何故見えない神々の世界を想像したのかを探る『はじめての日本神話: 『古事記』を読みとく (ちくまプリマー新書)

●「宮崎ひむか賞」に選ばれた、古事記を七五調の意訳と紙芝居風の絵説きで分かりやすく伝える『古事記神々の詩

この2冊はまだ未読ですので、またぜひ読んでみたいと思います。


個人的な大賞は『ぼおるぺん 古事記』です

また、私が読んだものの中から個人的に大賞を選ぶとするならば『ぼおるぺん 古事記』シリーズを挙げたいと思います。

こうの史代さんがボールペンを使って描いた漫画で、優しい雰囲気の絵が魅力的なのはもちろん、全ての神々が可愛らしくキャラクター化されていて、とても親しみやすいんです。姉であるアマテラスに叱られてちょっと拗ねた表情のスサノヲなんて、たまらないんですよね。

私の周りでも「古事記は苦手だったけどこれは楽しかった」という方が何名もいらっしゃったほどですから、まずはここからチャレンジしてみてもいいかもしれません。

■紹介記事
http://small-life.com/books/12/06/0218.php

■紹介記事
http://small-life.com/books/12/10/2819.php


興味がある方は安彦良和さんの作品もどうぞ

また、以前に「これなら分かる『古事記・日本書紀』入門書あれこれ」という記事でも少し触れましたが、安彦良和さんが古事記を題材として描いたコミックスもお勧めです。

古事記巻之一からは『ナムジ―大国主』全4冊、巻之二から『神武』全4冊、巻之三から『蚤の王―野見宿禰』1冊と、計9冊あります。

これは古事記の内容に完全に忠実なものではありませんが、もとのストーリーに整合性を持たせ、さらに読み応えのあるヒロイックファンタジーとして成立させています。今から20年ほど前に描かれた作品ですが、その面白さは全く古びていません。機会があったらぜひ手にとってみてください!


■参考にさせていただきました

古事記出版大賞:「古事記、通して読んで」 受賞者ら魅力語る 奈良で表彰式 /奈良- 毎日jp(毎日新聞)
「古事記出版大賞」に「別冊太陽 古事記」 奈良県 - 本のニュース | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト


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