2012-02-08

能の観世座・結崎ネブカの発祥の地『面塚』@川西町

能の観世座・結崎ネブカの発祥の地『面塚』@川西町

川西町にある、観世能発祥之地と伝わる『面塚(めんづか)』へ行ってきました。ここは「空から能面とネギが降ってきた」という、何とも面白い伝承の場所で、能楽を大成させたことで知られる世阿弥(ぜあみ)の生誕の地もこの辺りなのだそうです。


天からの落下物は一個の翁の面と一束の葱

歴史ある奈良には、様々な「発祥の地」がありますが、観阿弥世阿弥の親子が大成したことで知られる、お能の「観世座」も、磯城郡川西町が発祥です。

能は、鎌倉時代末期から室町時代に完成されたもので、大和四座(観世座、宝生座、金春座、金剛座)が中心となって発展しました。今なお興行が続いている世界的に有名な日本の伝統芸能です。

私も奈良に来るまではほとんど興味がありませんでしたが、観世座発祥の地とされる、川西町の「面塚(めんづか)」の伝承の不思議さに惹かれて興味を持ち始めました。



面塚に伝わる伝説

室町時代のある日のこと、一天にわかにかき曇り、空中から異様な怪音とともに寺川のほとりに落下物があった。この落下物は、一個の翁の面と一束の葱で、村人は能面をその場にねんごろに葬り、葱はその地に植えたところ見事に生育し、戦前までに『結崎ネブカ』として名物になりました。

観世発祥の地の史実

観世の発祥は、観阿弥三郎清次が、大和の国の山田猿楽(現在の桜井市山田)から、大和猿楽四座の一つ「結崎座」に加わり、一般大衆にもわかりやすい芸能に変化させ、座名も「結崎座」から「観世座」となりました。

その後、観阿弥は、結崎に居を定め、世阿弥の出生とともに猿楽から能楽に移行する中で、室町将軍の庇護のもと、不抜の基礎を築き、特に世阿弥が天才的な芸風を持ち、三代将軍義満の寵愛を受けました。観世座は観阿弥、世阿弥親子二代の出現によって能楽完成に偉大な功績を残し、現在の繁栄につながっているといえます。


つまり、ある日突然、老人(翁)の面と、後にこの土地の名物になるネギ「結崎ネブカ(ゆうざきねぶか)」が空から降ってきたと。結崎の土地の名物2種類ですが、何故これらが同時に空から降ってきた設定になっているのかが不思議ですし、面まで地面に埋めてしまったというのですから、ますます不思議ですね(少しだけ、ボーカロイド「初音ミク」を想像したりします(笑))

こうして起こった観世座を大成させた世阿弥は、現代までも演じられる多数の謡曲(高砂・敦盛・井筒・当麻など)を遺したにも関わらず、晩年は佐渡に流罪に処せられたりと、悲劇的な人生となってしまいます。その人生を追っていくだけでも面白いですので、興味のある方はぜひ調べてみてください。


観世流第24世宗家・観世左近氏の揮毫です

この面塚は、橋の近くの分かりやすい場所に石碑がありますが、実際にはそこから数十メートル離れた場所にあります。また、後に河川改修によって2回も移転しているため、実際にはそこから北へ約10メートル北側にあるそうです。

能楽は足利義満ら室町将軍家の庇護を受けて観阿弥・世阿弥父子が猿楽を幽玄華麗な芸道にまで高めたものです。「観世小次郎画像賛」「観世家譜」等によれば、伊賀国小波多に座を立てた観阿弥がこの結崎の地に移住し、ここで世阿弥が生まれたといい、「宝生座系図」では観阿弥が観世家を継ぎ、結崎の地に知行地を得たといわれています。

いずれにしても当地には古くから「翁の面と葱が天から降り。その面を埋めたのがこの塚である」という伝承がありました。そのため昭和11年(1936)12月14日、当時の村役場が奔走して観世流第24世宗家観世左近(元滋)氏の揮毫(きごう)による「観世発祥之地」「面塚」2つの標石を建立しました。

現在の面塚の地は、寺川の改修により二回移転しており、後に整備された面塚記念公園とともに住民憩いの場としても親しまれています


説明看板「面塚の由来」より


今はただの標石がたつだけの場所ですが、ここに能面とネギが降ってきて、日本の伝統芸能として何百年も続く能楽の一派が誕生したかと思うと、ちょっと感慨深いものがありますね。奈良の方でもご存じない方が多いと思いますので、ぜひ何かの機会に行ってみてください。


面塚@川西町結崎-02

川西町に建つ「面塚」の碑。寺川の堤防沿いにあり、川西町役場から南へ200mほどです。ただし、面塚は河川工事の都合で2回も移動されてるそうですし、この写真のもの以外にもう1つあったりしますので、本当の場所というのは不明です

面塚@川西町結崎-01
上で引用した「面塚の由来」。ここから川沿いに数十メートル東へ進むと、別の(正式な?)面塚が見えてきます

面塚@川西町結崎-03
寺川に沿った道路から、少し低いところに面塚の敷地が見えます。最初、場所が分からずに通りすぎてしまってから、地元の方に道をお聞きしたところ、「川沿いの桜並木の途中」と教えていただきました。周りには桜の木が植わっていて、春にまた来てみたくなりました

面塚@川西町結崎-05
これがおそらく正式な「面塚」だと思います。観世流24世宗家の観世左近氏の揮毫で、「観世発祥之地」「面塚」の2つの石碑がありました。ここに翁の面と大和野菜になるネギ(太くて甘い結崎ネブカ)が天から降ってきたのかと思うと、ちょっと不思議な気持ちになりますね

面塚@川西町結崎-06
ここにも「面塚 観世発祥の地」の説明文がありますが、表面が汚れてしまってかなり読みづらくなっていました。これによると、「面塚伝承の地はここより北へ約10メートルの所にあって」とありますので、現地で微調整してください!

面塚@川西町結崎-08
周囲には、奉納者として梅若万三郎・梅若六郎などの名前と、別のところにも観世元昭・観世喜之の名前などが見られました。すぐ隣は「面塚記念公園」となっています

面塚@川西町結崎-09
面塚からすぐ近くには、延喜式神名帳に記載された式内社「糸井神社」がありますので、ぜひ合わせてお参りしてみてください。拝殿内の絵馬「いさみ踊り」「なもで踊り」(県指定文化財)が有名です

面塚@川西町結崎-11
川西町の町役場方面へ行くと、こんな「環濠集落」の跡が遺っていたりもします。奈良県内にはまだ80ヶ所もあるそうですが、次第に数は減っていくでしょう。それほど大規模なものではありませんが、合わせてどうぞ



より大きな地図で 面塚(観世能楽発祥の地) を表示


■面塚(観世能楽発祥の地)

HP: http://www.town.nara-kawanishi.lg.jp/contents_detail.php?co=kak&frmId=193
住所: 奈良県磯城郡川西町結崎
電話: 0745-44-2211(川西町 総務部 企画財政課)
駐車場: なし
アクセス: 近鉄橿原線「結崎駅」より徒歩20分


■参考にさせていただきました!

能楽・まめ知識 ~面塚と観世能楽発祥の地~ - 奈良県川西町
空から降ってきた能面とネギ 面塚(奈良県川西町)古きを歩けば(8) :日本経済新聞










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